不安が記憶を悪くする仕組み

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不安が記憶力にかけるブレーキを整理する無料最終回。不安が抜けるだけで思い出せるものは少なくありません。

不安は、記憶のパフォーマンスを下げる方向に働きます。

不安は記憶のパフォーマンスを下げる

本人が「思い出せないかもしれない」と緊張した状態で、記憶を引き出そうとすると、不思議なほど、出てきません。これは、本人の記憶そのものが弱っているから、ではありません。不安と緊張は、本人の記憶の取り出しの効率を、本人の意思とは別のところで、下げます。

緊張で固まった頭は、引き出しを開けるのに、ふだんの何倍もの力を使います。冷静な状態であれば、ふっと出てくる名前や用件が、不安の中では、ますます遠くなります。本人の中で、思い出せない経験が積み上がり、それがさらに次の不安を呼び込みます。

不安の中で記憶を試そうとしない

物忘れに敏感になっている本人は、思いついた言葉、覚えていたはずの予定、芸能人の名前を、生活の中で、自分自身に対するクイズのように、試そうとします。「これ、すぐに出てくるかな」「あの人の名前、出るかな」と、本人が本人を試します。

このセルフテストは、本人を、不安と記憶の悪循環に押し込みます。試した結果出てこなかったとき、本人は、その結果を、認知の衰えの証拠として受け取ります。本人が本人を試す動作は、いったん止めます。試さなくても、生活は、ちゃんと進みます。

不安が記憶を悪くする仕組み

不安の中身は「未来の自分」への警戒

記憶を試そうとする本人の中身には、未来の自分への警戒が、あります。今ここで出てこなかったら、半年後はもっと出ないかもしれない、一年後はもっと、と、今の小さな結果が、未来の大きな悪化に、本人の中で接続されます。

記憶は、半年後の状態を、今日の小さなテストから、確実に予測できる種類のもの、ではありません。今日たまたま出てこなかった名前と、半年後の本人の状態のあいだには、何の確定したつながりも、ありません。本人が、今日のテスト結果を、未来への予言として読まないことが、第一歩です。

不安が強い時間帯は、記憶も鈍る

夜遅く、疲れた夕方、寝つきの悪い朝。不安が強くなりやすい時間帯は、本人の記憶も、いつもより取り出しにくくなります。朝の通勤中に思い出せた名前が、夜のテレビを見ているときには、ますます遠くなります。これは、時間帯による記憶の働きの自然な変動、です。

不安の強い時間帯の経験を、本人の代表的な状態として、本人の中で扱わないようにします。「夜思い出せなかった」は、本人の認知の標本にはなりません。本人を評価したいなら、午前中の、落ち着いた時間に、判断します。実際には、評価そのものをしない、というのが、もっと有効です。

「思い出せたこと」を本人の中に残す

不安が強くなる本人の頭の中では、思い出せなかった経験ばかりが、強く残ります。実際には、本人は毎日、無数の名前、用件、約束を、思い出せています。これらは、本人の中で記録されません。記録されないものは、本人の中で、ないことになります。

意識して、「思い出せた」を、本人の中で軽く確認します。「あ、出てきた」「予定、ちゃんと覚えていた」と、心の中で軽く言葉にします。これだけで、本人の中の記憶への信頼が、少しずつ復元されます。何も起きていない時間を増やす の発想にも近いです。

呼吸を整えると、記憶も戻りやすい

名前や用件が出てこない瞬間、本人は呼吸が浅くなり、肩が上がり、表情が固まります。この身体の緊張が、さらに本人の記憶の取り出しを、難しくします。逆に、本人が呼吸をゆっくり整えると、身体の緊張がほどけ、記憶も、少しずつ働き始めます。

記憶を取り出そうとする動作と、身体を整える動作は、別々のものではなく、ひとつながりです。身体が先に知っているサイン でも触れられている、身体経由のリセットを、本人は使えます。記憶を直接いじろうとしないで、身体の側から、整えます。

不安が強い日は、判断も保留する

物忘れの不安が強い日は、本人が、自分の認知について、その日のうちに何か結論を出すことを、しません。「これは衰えだ」「これは病気だ」「これは正常だ」というような判定を、不安の強い日に、本人が下すと、結論はほぼ確実に、悲観の側に倒れます。

不安の強い日は、判定を保留して、ふだんの生活を、ふだん通りに進めます。判定したい衝動が出てきたら、「今日は判定の日ではない」と、本人の中で軽く言葉にします。落ち着いた日が来てから、改めて、必要なら専門家に相談する、という流れに、組み直します。

「家族の前で出てこない」場面

家族の前、特に配偶者や子の前で、名前や用件が出てこなかったとき、本人の動揺は、ふだんより大きくなります。これは、本人が、家族に「衰えた自分」を見られたくない、心配されたくない、という気持ちが、強いから、です。家族の前では、不安も強く、記憶も、より固まります。

家族の前で出てこなかったときは、本人が、それを家族に隠そうとしすぎないようにします。隠そうとする緊張が、本人の中で次の動揺を呼びます。「ちょっと、いま出てこないなあ」と軽く口に出すと、本人の緊張が抜け、家族のほうも、過剰に心配しすぎずに、流せます。

不安と物忘れの悪循環を断つ三つの動作

不安と物忘れの悪循環を断つには、三つの軽い動作で、十分です。第一は、出てこないものは、いったん保留する。第二は、思い出せたものは、本人の中で確認する。第三は、判定したい衝動を、その日のうちに行使しない。これらは、特別な訓練ではなく、本人の中の癖を、少し変える程度の動作です。

三つを毎日完璧に行う必要は、ありません。気づいたとき、思い出せたときに、一つでも、やっておきます。完璧に運用しなくても、本人の中で、悪循環の勢いは、ゆっくり下がります。

「忘れた」を笑い飛ばす習慣

古くからある知恵として、本人が「忘れた」を、笑い飛ばす習慣を持っておく、というやり方が、あります。「あ、忘れた、もう年だね」「あれ、なんだったかな、まあいいか」と、本人が軽く笑って、流します。笑い飛ばす動作は、本人の身体の緊張をほどき、不安の連鎖を、その場で断ち切ります。

笑い飛ばすことは、本人の状態を軽く扱う、という意味ではありません。本人が、自分の状態を、本人にとって扱える大きさに、戻す、という意味です。本人が抱えきれない大きさに膨らませず、本人の手のひらに、収まる大きさに、します。

「もしも」の想像を、現在の本人で確認する

不安が強くなると、本人の頭の中では、「もしも認知症になったら」「もしも一人で生活できなくなったら」「もしも子に迷惑をかけたら」という、未来の「もしも」が、繰り返し再生されます。これらの「もしも」は、現在の本人の状態とは、関係がありません。

「もしも」が再生されたら、現在の本人の状態を、確認します。今日、本人は、買い物に行けた、料理ができた、家族と会話ができた。これらの「いまできていること」を、本人の中で確認します。カレンダーと想像 の発想と同じく、未来の心配から、現在の事実に、本人を引き戻します。

不安と認知の評価は別の日に

本人が、自分の認知の状態を確認したいと感じたら、それは、不安の強い日とは別の日に、行います。例えば、かかりつけ医の定期受診の日、健診の結果が落ち着いた日、家族と落ち着いて話せる週末、というような、本人の不安の波が下がっている日に、確認の行動を取ります。

不安の波の高い日に行う確認は、ほぼ確実に、悲観的な方向に倒れます。確認の行動は、本人の状態が落ち着いている日に、行うほうが、はるかに有効です。これは、認知の評価に限らず、本人の人生のさまざまな評価について、共通する原則です。

記憶を信頼することは盲信ではない

本人が「自分の記憶を信頼する」と言うと、衰えを認めない頑固さの話のように、聞こえることがあります。けれど、ここでの信頼は、本人の記憶を盲信する、という意味では、ありません。本人の記憶が、いまの本人の生活に、必要な役割を果たしている、と認める、という意味の信頼、です。

毎日数えきれない回数、本人は何かを思い出し、それを使って、暮らしを進めています。その積み重ねは、本人の記憶が、いまも働いている、ということの、何より強い証拠です。盲信ではなく、事実の確認として、本人は自分の記憶を、もう少し信頼してよい、と整理できます。

「以前と同じ」を本人の評価軸にしない

不安と記憶の悪循環の根には、「以前と同じであるべき」という、本人の中の暗黙の評価軸が、あります。20代30代の本人と、いまの本人を比べて、いまの本人を低く評価する、という構造です。これは、不安を生む構造としては、たいへんによくできています。

評価軸を、いまの本人に合わせて、置き直します。今日できていることが、本人の評価の中身、です。「以前」を持ち出すと、本人は常に、過去に負け続けます。負け続ける戦いを、本人の生活の中で、続ける必要はありません。

不安が長く続く場合の相談先

物忘れの不安が、数か月以上続いている、生活に影響している、本人の気分の落ち込みや不眠を伴っている、という場合は、本人の中だけで抱えず、相談先を持ちます。かかりつけ医、もの忘れ外来、精神科・心療内科、地域包括支援センター、メンタルヘルスの相談窓口など、相談先は複数あります。

相談は、本人の意思の弱さや衰えを示すもの、では、ありません。本人が、自分の不安を本人の中で抱え込まない、という、賢い動作です。第9話 受診を決めるラインの引き方 で、より具体的に扱います。

「気にしないようにする」は逆効果

不安と物忘れの悪循環を断ちたい本人が、まず思いつくのが「気にしないようにする」という方法です。けれど、人間の頭は、気にしないようにしようと意識した瞬間に、その対象を、より強く意識します。物忘れを気にしないように、と考えるほど、本人の頭の中で、物忘れの話題は、大きくなります。

有効なのは、気にしないようにすることではなく、本人の意識を、別の有用な対象に向けることです。今日の予定を一つ進める、家族と短い会話をする、軽い運動をする、というような、別の動作で、本人の頭の中の話題を、自然に置き換えます。意識的に消そうとすると、消えません。別のもので、押し出します。

関連するシリーズ

不安と記憶の関係は、本人の不安全般の整理と地続きです。先回り不安シリーズ や、健診への不安シリーズ も、本人の不安の地盤づくりに、役立ちます。

また、本人の中で、判断疲れが重なっている場合は、判断疲れと自動化 も、合わせて読んでみてください。本人の頭の負担を、別の側面から軽くする視点が、得られます。

このシリーズの無料分はここまで

本シリーズの無料公開は、本回までです。第4話以降は会員限定で、メモ・リマインダー設計、仕事のミス、親の物忘れ、配偶者との分担、自分史、受診の目安、忘れる前提の生活設計、と、より具体的な場面に降りていきます。

無料公開はここまで、次回からは会員限定です。

本記事についての注意

本記事は、不安と記憶のあいだの関係を整理する読み物であり、医学的な診断や治療を代替するものではありません。物忘れの頻度や内容が日常生活に影響している、強い不安や抑うつを伴っている、家族・同僚が継続的に異変を感じている場合は、かかりつけ医、地域包括支援センター、もの忘れ外来、精神科・心療内科にご相談ください。本記事はサプリメント、特定の予防食品、スクリーニング検査の自己実施を推奨するものではありません。記載した内容は一般的な傾向であり、個別のケースを断定するものではありません。

今回のまとめ

  • 不安と緊張は記憶のパフォーマンスを下げる
  • 本人が本人を試すセルフテストは止める
  • 不安の中身は「未来の自分」への警戒
  • 不安の強い時間帯の経験は代表値にしない
  • 思い出せたことを本人の中で軽く確認する
  • 呼吸を整えると記憶も戻りやすい
  • 不安の強い日に判断を下さない
  • 家族の前で出てこないことを隠そうとしすぎない
  • 悪循環を断つのは保留・確認・判定保留の三動作
  • 「忘れた」を笑い飛ばす習慣で連鎖を断つ
  • 「もしも」の想像から「いま」の事実に戻る
  • 不安が長く続く場合は相談先を持つ
  • 気になる場合はかかりつけ医・物忘れ外来へ

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