加齢ともの忘れは、当然のことのほうが多い
40代から先、固有名詞が出てこない、会議のあとで決まったことが思い出せない、約束を二度確認しないと不安、という経験が、生活の中で増えていきます。これらは、ほとんどの場合、加齢に伴う自然な変化です。脳の働き方は20代と同じではなくなりますが、本人の生活を維持する能力は、ほぼ保たれます。
加齢に伴う認知の変化は、衰えという一方向の話ではありません。情報の取り出しの速度は、わずかに遅くなりますが、意味の組み立て、判断の落ち着き、長年の経験の活用は、年齢とともに、むしろ整っていきます。本人の中で、何が変わって、何が保たれているか、を分けて見ます。
「認知症ではないか」と本人が思い始めるとき
本人が「認知症ではないか」と思い始めるのは、特定の症状を持ったときよりも、自分への不安が一段強くなったとき、です。きっかけは、テレビで認知症の特集を見た、親世代の知人が診断を受けた、職場の先輩が引退した、というような、本人の外側からの情報です。本人の脳の状態が、その日に変わったわけではありません。
本人の不安が立ち上がった、ということと、本人の認知状態が悪化した、ということは、別の出来事です。両者を混ぜずに、いったん分けて受け取ります。本シリーズの第3話 不安が記憶を悪くする仕組み でも、この分離の作業を扱います。
加齢と認知症の境目は、本人が判定しない
加齢に伴うもの忘れと、認知症の初期症状の境目は、本人が日常生活の中で、自分で判定できる種類のものではありません。これは、本人の感覚が鈍いから、ではなく、判定そのものが、いくつもの検査と専門家の問診を組み合わせて行われる種類の作業だから、です。
本人ができるのは、気になる状態を記録すること、家族の感じている違和感を共有すること、必要に応じて専門家を訪ねること、までです。判定の作業は専門家に任せ、本人は自分の生活と感覚の側に、留まります。境目を本人の中で決めようとして消耗するより、決めない、という前提を置きます。
「物忘れの種類」を本人で判別しすぎない
世の中には、「ただの物忘れ」と「認知症の物忘れ」を、本人や家族が見分けるためのリストが、出回っています。約束した事実そのものを忘れる、ヒントを出されても思い出せない、同じ質問を繰り返す、など。これらのリストを、本人が自分に当てはめて、判定しようとすると、ほぼ確実に過剰な判定になります。
本人が自分について判定すると、不安が強い分、悪い側に偏ります。家族が判定すると、心配する分、悪い側に偏ります。これらの判定は、専門家の問診の場で、はじめて意味のある情報になります。本人の中だけで判定を完結させず、専門家への材料、として記録に留めます。
「以前にもあったかもしれない」を思い出す
本人がいま気にしている物忘れの場面が、本人にとって本当に新しい現象なのか、以前から似たような経験があったけれど気にしていなかっただけなのか、を思い出してみます。多くの場合、以前にも似た経験はあったけれど、気にしないで流していた、ということが分かります。
気になり始めた時点と、症状が始まった時点は、ずれていることが多いです。気になり始めた時点を症状の発症と取り違えると、本人の不安が、不要に大きくなります。「以前にもあったかも」を思い出すと、本人の中で、現在の状態が、特異なものではなくなります。
身体の状態が記憶に影響する
睡眠不足、強いストレス、慢性的な疲労、薬の副作用、ホルモンの変化、栄養の偏り、過剰なアルコール、軽い脱水。これらの身体の状態は、すべて、記憶の働きに影響します。本人が物忘れに気づいた時期に、身体の状態に変化はなかったか、を振り返ります。
身体の状態に原因がある場合、その状態が整うと、記憶の働きも自然と戻ります。物忘れの問題を、本人の脳の固有の問題と考える前に、身体の状態という、より広い背景を、見ておきます。身体が先に知っているサイン も、参考になります。
更年期と物忘れの関係
40代後半から50代の女性、また同年代の男性にも、ホルモンの変化に伴って、物忘れや集中力の低下が、一時的に強まる時期があります。これは更年期に伴う一過性の認知の変化として、医学的に知られています。本人がこの時期にいる場合、物忘れを認知症の入口と考える前に、ホルモンの変化を背景として、考えに入れます。
更年期の症状が強い場合は、婦人科、泌尿器科、内科などで相談ができます。本人が、自分の物忘れを認知症に直結させる前に、身体の現在のフェーズを、医師と話す選択肢が、あります。
うつ症状と物忘れは混ざりやすい
うつの状態にあるとき、本人の集中力、判断力、記憶の取り出しは、明らかに落ちます。これは「仮性認知症」と呼ばれることもあり、見た目には認知症と似た現象を生みます。けれど、原因がうつであれば、うつの治療によって、認知の状態も戻ります。
物忘れが気になる本人が、同時に、気分の落ち込み、興味の喪失、不眠、食欲の低下を抱えている場合は、認知症の心配の前に、うつの可能性を、医師に相談する道があります。本人が、不安と気分の落ち込みを同時に抱えている場合は、特に、優先的に医療相談を検討してください。
「軽度認知障害(MCI)」という言葉を、本人で判定しない
軽度認知障害(MCI)は、加齢に伴う変化と認知症のあいだに位置する、医学的な概念です。MCIの判定は、本人の感覚や、家族の観察だけでは行えません。複数の検査と問診を組み合わせて、医師が判定する種類のものです。本人が「自分はMCIではないか」と考え始めたら、それは検索や自己診断ではなく、専門家への相談、というステップに、変えます。
MCIという言葉を本人が知っていることは、悪いことではありません。けれど、自分や家族にこの言葉を当てはめて、本人の中で診断を完結させると、本人の不安が積み上がるだけで、対応が進みません。言葉は、医師との会話の材料として、置いておきます。
受診のタイミングは、本人が抱え込まない
気になる状態が続いている、家族が継続的に異変を感じている、生活に小さな支障が出始めている。これらの場合は、本人だけで判断せず、かかりつけ医に相談する、というステップが、有効です。かかりつけ医は、必要に応じて、もの忘れ外来や認知症専門医に紹介してくれます。
受診は「認知症の宣告を受けに行く」場ではなく、「現状の確認と、必要なら早い段階の対応を相談する」場、です。早く相談しても、本人にとって悪いことは、ほとんどありません。第9話 受診を決めるラインの引き方 で、より詳しく扱います。
診断名がつかなくても、相談の意味はある
受診の結果、診断名がつかないこともあります。「加齢に伴う変化の範囲内」「経過観察」と言われる場合も、多いです。本人は、「結局なにも分からなかった」と感じることがありますが、これは、本人にとって悪い情報ではなく、いい情報、です。診断名がつくほどの状態ではない、ということが、専門家の目で確認された、ということです。
診断名がつかなくても、定期的に確認に行く、という習慣を作っておくと、本人は、自分の状態を本人の中で抱え込まずに済みます。これは、健康診断と似た位置づけで、生活の中に組み込めます。
「進行を遅らせる」という言葉に乗りすぎない
世の中には、認知症の進行を遅らせる、というキャッチコピーで売られる食品、サプリ、運動プログラムが、たくさんあります。これらの効果は、医学的に十分に確立されていないものが多く、本人が大きな期待をかけて、生活と財布を傾けるべきものでは、ありません。
本シリーズは、特定の食品、サプリ、プログラムを推奨しません。本人の生活の中で、無理のない範囲の運動、人とのつながり、知的な活動、十分な睡眠、栄養のバランスを保つ、というありふれた習慣が、長期的にもっとも妥当な土台だと、整理しておきます。
「ボケるくらいなら」という言葉を使わない
「ボケるくらいなら死んだほうがいい」「私は最後まで自分でいたい」という言葉が、本人や家族の口から出ることがあります。これは、現在の本人の価値観で、未来の本人を決めつけてしまう言葉です。認知が変化したあとの本人にも、その時点での生活と感じ方が、あります。
未来の自分を「ボケた本人」として、否定的に語るのを、いったん止めます。未来の自分は、いまの本人とは別の状態を生きる、別の本人、です。老いと死を分けて考える も、合わせて参考になります。
家族と「もしも」の話をしすぎない
家族と、認知症になったらどうするか、という話を、本人の現状から大きく飛ばして、しすぎないようにします。「もしも」の話は、本人と家族の不安を強める方向に働き、本人の現状の生活を、楽しみにくくします。「もしも」の話は、必要なときに、必要な範囲で、専門家を交えて行います。
事前の備えとしては、第8話 自分史を書き残す で扱う、本人の意思や希望を文字に残す、という穏やかな動作が、もっとも実用的です。「もしも」の不安に向き合うより、本人の今を整える側に、本人と家族の時間を、振り向けます。
「衰え」を一人で決めない
本人が自分の状態を「衰えた」と本人の中で決めてしまうと、その自己定義が、生活のすみずみまで及びます。少し休む、少し時間をかける、少し人に頼る、というような、本来は中立的な動作までもが、本人の中で「衰えた自分の証拠」として解釈されます。本人が、本人の状態を、衰えという単語で総括してしまうことに、注意します。
本人の中での自己定義は、家族や医師、信頼できる相談相手と、話し合った上で、少しずつ書き直していきます。一人で本人を定義しすぎないこと、が、加齢のフェーズを軽く過ごすコツです。本シリーズは、その書き直しの作業の伴走を、10話で行います。
関連するシリーズ
加齢と病気のあいだを扱う本記事は、健康診断への不安と地続きです。病気の家族歴と自分の不安 や、身体が先に知っている予期不安のサイン も、合わせて読んでください。本人の不安全般の整理に、役立ちます。
親世代の認知の変化を感じ始めている場合は、介護はいつから介護なのか も、本記事と並べて読むと、本人の立場が二重に整理されます。
境目を、本人の中で固定しない
加齢と認知症のあいだは、点ではなく、長い余白です。本人がいまその余白のどこにいるかは、本人にも、家族にも、医師にも、絶対には分かりません。だから、本人がその余白を、固定された地点として、本人の中で扱う必要はありません。
本人が、その余白を、長い間ゆるゆると進んでいく、として扱うと、本人の今日の生活が、軽くなります。第3話以降では、本人の今日を整えるための、具体的な方法を、順に扱っていきます。
第3話への接続
次回は、不安そのものが、本人の記憶の働きを悪くする仕組みを扱います。不安と記憶の関係を整理すると、本人の動揺が、ずいぶん軽くなります。
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本記事についての注意
本記事は、加齢に伴う認知の変化と、認知症の不安の整理を扱う読み物であり、医学的な診断や治療を代替するものではありません。物忘れの頻度や内容が日常生活に影響している、家族・同僚が継続的に異変を感じている、強い不安や抑うつを伴っている場合は、かかりつけ医、地域包括支援センター、もの忘れ外来、精神科・心療内科にご相談ください。本記事は特定のサプリメント、認知症予防食品、スクリーニング検査の自己実施を推奨するものではありません。MCI、認知症の判定は、専門家による検査と問診を経て行われるものであり、本記事はその判定材料を提供するものではありません。
今回のまとめ
- 加齢に伴う認知の変化はほぼ全員に起きる自然な現象
- 「認知症ではないか」と思い始めるきっかけは外側の情報のことが多い
- 境目の判定は本人ではなく専門家が行う領域
- 判定リストの自己当てはめは過剰判定になりやすい
- 「以前にもあったかも」を思い出すと不安が緩む
- 睡眠・ストレス・薬・更年期は記憶に影響する
- うつと物忘れは混ざりやすく医師相談の優先度が高い
- MCIは本人で判定する言葉ではない
- 受診は確認の依頼であり宣告の場ではない
- 診断名がつかない結果も有用な情報
- 「進行を遅らせる」キャッチコピーに依存しない
- 「ボケるくらいなら」で未来の自分を否定しない
- 気になる場合はかかりつけ医・物忘れ外来へ