非日常から日常へ
病名がついた直後、病気は、本人の生活の中で、強い非日常として、存在します。すべての話題、すべての行動が、病気を中心に、回り始めます。しかし、時間が経つにつれ、病気は、本人の日常に、少しずつ、溶け込んでいきます。本記事では、この「非日常から日常への移行」を、扱います。
日常化は、悪いことではありません。むしろ、本人が、長く病気と付き合っていくために、必要な変化です。前回扱った 告知の日からの動揺が、少しずつ静まり、生活が、新しい形を取り始めます。
「日常化」の最初のサイン
病気が日常化し始める最初のサインは、本人が、病気以外のことを、考えられる瞬間が、増えてくることです。仕事の段取り、家族との会話、好きな本のこと、これらに、本人の意識が、向き始めます。
このサインに気づいたら、本人は、自分を責めずに、それを認めます。「病気のことばかり考えていない自分」は、本人の回復の一部です。病気を忘れることが、本人にとって、悪いことではありません。
「通院」が生活の一部に
定期的な通院が、本人の生活の中に、組み込まれていきます。最初は、通院日が来るたびに、緊張していた本人も、慣れてくると、通院を、家事の一つのように、扱えるようになります。
通院を、生活のリズムの中に、計画的に組み込みます。通院日には、その後に、好きなカフェに寄る、本屋に立ち寄るなど、小さな楽しみを、組み合わせます。これにより、通院が、本人にとって、ネガティブな出来事だけではなくなります。
「服薬」のルーティン化
毎日決まった時間に、薬を飲む生活が、始まります。最初は、服薬を忘れたり、抵抗を感じたりすることが、あります。これは、自然な反応です。
服薬を、生活の中の他の行動に、紐付けます。朝食後、歯磨きの後、寝る前など、必ず行う行動と、薬を、セットにします。これにより、服薬が、無意識に近い形で、続けられるようになります。前のシリーズで触れた 身体のキューの発想を、服薬にも、応用します。
「症状の予測」ができてくる
病気と付き合うほどに、本人は、自分の症状の波を、予測できるようになります。「天気が悪い日は、関節が痛む」「ストレスが強い時は、症状が出やすい」など、自分なりのパターンが、見えてきます。
予測ができると、本人は、症状に振り回されにくくなります。「今日は症状が出そうな日だから、無理しない」と、事前に調整できます。これが、生活の質を、保つことに、つながります。
「自分の体」の説明書
病気と共に生きるうちに、本人は、自分の体の「説明書」を、作っていきます。何が引き金で、何が和らげるか、何を避け、何を取り入れるか。これは、医学書には書かれていない、本人だけの貴重な情報です。
説明書は、頭の中だけでなく、ノートに書き出しておくと、役立ちます。医師との対話、家族への共有、本人自身の振り返りの、材料になります。本人が、自分の体の専門家になっていきます。
「以前の生活」との違い
病気がつく前の生活と、つく後の生活は、同じではありません。同じであろうとすると、本人が無理をします。違うことを、受け入れます。違っていても、人生の質は、保てます。
違いの中で、何を残し、何を変えるかを、本人が選びます。仕事のペース、運動の種類、食事の内容、人付き合いの頻度。これらを、病気と相性の良い形に、整え直していきます。
「無理」の境界線
病気と付き合う中で、本人は、自分の無理の境界線を、見つけていきます。「ここまでは大丈夫、これ以上は症状が悪化する」というラインです。この境界線は、人それぞれ違います。
境界線を超えて無理をすると、症状が悪化し、回復に時間がかかります。本人にとって、長期的には、境界線を守る方が、効率的です。前のシリーズで触れた 境界の確立の発想を、自分の体との関係にも、応用します。
「断る」勇気
日常化が進むと、本人は、誘いや依頼を、断る場面が、増えます。「今日は体調が良くないので、行けません」「この仕事は、今は引き受けられません」と、断ることが、必要になります。
断ることは、本人の体を守る、正当な行為です。しかし、断り続けると、人間関係が、薄くなることが、不安になります。断り方の工夫、関係の維持の工夫を、考えていきます。前のシリーズで触れた 柔らかい伝え方の発想を、ここでも応用します。
「家族の慣れ」
本人だけでなく、家族も、本人の病気に、慣れていきます。最初は心配し過ぎたり、過度に気を遣ったりしていた家族が、徐々に、自然な接し方を、見つけていきます。
家族の慣れは、本人にとって、ありがたいことです。常に病人扱いされると、本人の心が、疲れます。自然な日常の中で、必要な時にサポートをもらう、というバランスが、お互いにとって、楽です。
「悪化の予兆」を見逃さない
日常化が進んでも、症状が悪化する兆候を、見逃さないようにします。「最近、薬の効きが悪い気がする」「これまでにない症状が出てきた」など、変化を感じたら、早めに医師に相談します。
日常化と、油断は、違います。日常の中に、適切な観察を、組み込んでおきます。日記や記録が、ここでも役立ちます。本人の体の変化を、医師に正確に伝えられます。
「再燃」への備え
慢性の病気は、再燃(症状が再び強くなる時期)が、起こり得ます。再燃の時、本人は、これまでの努力が、無駄だったように感じることが、あります。これは、自然な反応ですが、事実とは違います。
再燃は、病気の経過の一部です。再燃が起こっても、これまでの本人の努力が、消えるわけではありません。再燃を乗り越えるための知識と経験を、本人は、持っています。淡々と、対処を進めていきます。
「健康な人」との関わり
日常化の中で、本人は、健康な人との関わりを、続けます。健康な人が、本人の病気を、完全に理解できるわけでは、ありません。それでも、健康な人との関わりは、本人にとって、貴重な時間です。
健康な人と話す時、必ずしも病気のことを、話す必要はありません。趣味の話、仕事の話、社会の話など、健康な人と共有できる話題が、たくさんあります。本人の生活が、病気だけで、染まらないように、します。
「楽しみ」を続ける
病気があっても、本人の楽しみを、続けます。趣味、好きな食事、好きな場所への外出、好きな人との時間。これらが、本人の生活の質を、支えます。
楽しみは、病気と矛盾しません。むしろ、楽しみがあるからこそ、本人は、病気との長い付き合いを、続けられます。前のシリーズで触れた 遊びの許可の発想を、病気を持つ人にこそ、伝えたい。
「自分を責めない」習慣
病気のせいで、できないことが増えると、本人は自分を、責めがちです。「もっと頑張れたかもしれない」「あの時、こうしていれば」と、過去を悔やみます。
自分を責めることは、本人の心を、疲弊させます。責める代わりに、「今、できることを、丁寧にする」という姿勢を、本人の中に育てます。前のシリーズで触れた 自分との対話の発想で、自分への優しい言葉を、毎日使います。
「病気のリズム」と「生活のリズム」
病気には、病気のリズムがあります。本人の生活にも、生活のリズムがあります。この二つを、すり合わせていきます。完璧に一致させる必要は、ありません。お互いに、少しずつ譲り合いながら、共存させます。
病気のリズムを、無視して生活のリズムだけを優先すると、症状が悪化します。逆に、病気のリズムだけに従って、生活のリズムを失うと、本人の人生が、病気に支配されます。バランスを、本人が、探っていきます。
「医療チーム」の活用
主治医、看護師、薬剤師、リハビリ専門職、心理職など、本人を支える医療チームが、あります。これらを、本人が、活用していきます。それぞれの専門性を、適切に頼ることで、本人の負担が、軽くなります。
医療チームに、本人の生活の状況、心の状態を、率直に伝えます。医療従事者は、本人の生活全体を、見て支援したいと、思っています。本人が情報を出すほど、支援の質が、上がります。
「持ち物」が変わる
慢性の病気と暮らすうちに、本人の毎日の持ち物が、変わります。常備薬、頓服薬、症状を抑えるためのアイテム、保険証、診察券、お薬手帳。これらが、本人のバッグの定位置に、収まります。
持ち物の見直しは、本人の安心につながります。外出先で症状が出ても、対応できる準備があると、本人は、行動範囲を、安心して広げられます。持ち物リストを、一度作っておくと、忘れ物が減ります。
「外食」との付き合い方
食事制限がある病気の場合、外食との付き合い方が、変わります。事前にメニューを調べる、店に確認する、自分で選択肢を絞る。これらが、本人の習慣になります。
外食を、避ける必要はありません。工夫しながら、続けます。家族や友人との外食は、本人の生活の楽しみの、重要な一部です。完璧でなく、安全な範囲で、楽しむ姿勢を、本人が持ちます。
「旅」への希望
慢性の病気があると、旅行のハードルが、上がります。しかし、旅を、完全に諦める必要は、ありません。本人の体調に合わせた、無理のない旅の形が、あります。
近場の温泉、半日の小旅行、移動の少ない滞在型の旅など、本人にとっての旅の形を、見つけていきます。旅は、本人の心を、リフレッシュさせる、貴重な機会です。前のシリーズで触れた 無生産の時間の発想を、旅にも、応用します。
「経過観察」という言葉
医師から「経過観察」と言われると、本人は、不安になることがあります。「何もしない」と聞こえて、放置されているように感じます。しかし、経過観察は、医学的に意味のある、立派な対応です。
経過観察とは、本人の体の変化を、医師が継続的に見守る、ということです。介入が必要なタイミングを、見極めるための、専門的な判断です。本人は、医師を信頼して、定期通院を、続けます。
「治る」と「付き合う」の違い
急性の病気は「治す」が中心ですが、慢性の病気は「付き合う」が中心です。この発想の転換に、本人は、時間をかけて、慣れていきます。次の話で、より深く扱います。
「付き合う」とは、病気を消すのではなく、病気と共に生きていくことです。これは、敗北ではなく、現実的で、賢い対応です。前のシリーズで触れた 違いの尊重の発想を、自分の体との関係にも、応用します。
第3話への接続
次回は、「見えない病気」を説明する疲れを、扱います。日常化が進む中で、本人が直面する、説明の負担という、独特の疲れを、整理していきます。
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本記事についての注意
本記事は、慢性の病気と心の側の整理を扱う読み物であり、医療判断を代替するものではありません。具体的な症状、検査、治療方針については、必ず、かかりつけ医や、医療機関に、ご相談ください。「治る・治らない」については、病気の種類、本人の状態、医療の進歩によって、個別の判断が必要です。本記事の表現は、一般的な傾向であり、個別のケースを、断定するものではありません。地域の保健センター、患者団体、医療ソーシャルワーカー、心療内科などの専門の相談窓口も、活用してください。症状の悪化を感じる場合は、自己判断せず、医療機関を受診してください。
今回のまとめ
- 病気が非日常から日常に移ることは自然
- 病気以外のことを考えられる瞬間が増えるサイン
- 通院を生活のリズムに組み込む工夫
- 服薬を他の行動とセットでルーティン化
- 症状の波の予測ができてくる
- 自分の体の説明書を作っていく
- 以前の生活との違いを受け入れる
- 無理の境界線を見つける
- 断る勇気と関係維持の工夫
- 家族の慣れが本人を楽にする
- 悪化の予兆を見逃さない観察
- 再燃は経過の一部で努力は消えない
- 健康な人との病気以外の話題も大切
- 楽しみを続けることが生活の質を支える
- 自分を責めず今できることに集中
- 病気のリズムと生活のリズムをすり合わせる
- 医療チームを適切に頼る
- 症状悪化時は自己判断せず医療機関を受診