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3 本の無料記事があります。まずここで全体像と自分への当てはまりを確認してください。
何も感じなくなった状態を、消耗や防衛反応として見つめ直すシリーズです。
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「悲しい」と言えばそうかもしれない。でもぴったりではない。「怒り」とも違う。既成の感情ラベルがどれもしっくりこないとき、必要なのは「正しい名前」を探すことではなく、感情の解像度を上げること。感情粒度の研究と実践を紹介します。
楽しいはずの場面で何も感じない。悲しいはずの場面で涙が出ない。「心が壊れた」のではなく「心が閉じた」のかもしれない。感情が遠くなった状態の心理学的な輪郭を描く第1回。
感情を閉じた自分は弱いのか──いいえ。感情の遮断は「弱さ」ではなく「適応」だった。Grossの感情調節モデルと抑制の慢性化を読み解く第2回。
感情は「頭」ではなく「身体」から遠くなっているのかもしれない。ヴァン・デア・コークの身体的トラウマ研究とポリヴェーガル理論を交差させ、凍りついた神経系の構造を読み解く第3回。
感情が遠い人がふと感じる「本当の自分がどこかにいるはず」という感覚。ウィニコットの「偽りの自己」の概念を手がかりに、環境に適応するために封じた自己の構造を読み解く第4回。
感情が遠くなると、痛みは消える。しかし同時に、判断力も静かに蝕まれている。ダマシオのソマティック・マーカー仮説が明かす、感情と意思決定の不可分な関係を読み解く第5回。
感情の遮断が緩み始めるとき、最初に戻ってくるのは喜びではなく、痛みかもしれない。それは「悪化」ではなく、凍結の解除の始まりである。感情の回復の正直な風景を描く第6回。
悲しいはずなのに泣けない。感動する場面で涙が出ない。「泣けない」は冷たさではなく、凍結した悲しみの表れかもしれない。恥・身体・神経系から「泣けなさ」の構造を読み解く第7回。
感情が遠い人が直面する対人関係の困難──他者の感情がわからないのは「冷たさ」なのか、遮断の帰結なのか。共感疲労と感情遮断の境界線を丁寧に読み解く第8回。
感情の凍結を解くために必要なのは、努力ではなく安全。レヴィンとポージェスの知見が示す「解凍」の条件と、ネフのセルフ・コンパッションが内側からの安全として機能する可能性。第9回。
感情が遠い状態は「治すべき病」ではない。感じられない自分を否定せず、それでも生きていくこと──その静かな肯定で全10回のシリーズを閉じる最終回。
持て余しやすい怒りを、境界線や自己調整のサインとして読み直すシリーズです。
もう頑張れないと感じる時の消耗を、休息と回復の入口から見直します。
正しかったのに報われなかった痛みを、理不尽さと意味の回復から整理します。
知られたくない気持ちや恥の痛みを、ひとりで抱え込まないために整理します。
思い出すたび苦しくなる恥の記憶を、責めすぎない視点でほどくシリーズです。