11月の風と、本人の体の重さ
11月に入って、街路樹の葉が落ち始めた頃から、本人の体が、なぜか重くなる、と感じることが、あります。理由がはっきりしないまま、朝起きるのが、より億劫になり、夕方になると、頭がぼんやりして、夜には妙に早く眠くなります。これは、季節の冷えだけが理由では、ありません。年末という季節そのものが、本人の体に、ある重さを、もたらしています。
本シリーズは、この、11月から正月明けまでの数か月にわたって、本人の体と心が、ゆっくり消耗していく構造を、扱います。帰省、贈り物、親戚の集まり、新年の抱負、と、年末年始は、本人の生活を、いつもとは別のリズムで、動かそうとしてきます。本人の体が、それに、追いつかないことが、あります。
「11月の重さ」は、季節の予感
11月に重くなる体は、寒さや日照時間の短さだけでなく、12月と1月への、本人の中の予感を、含んでいます。12月に入れば、年末の業務、帰省の段取り、贈り物の手配、忘年会、と、本人の手が、足りなくなることが、見えています。1月に入れば、正月の集まり、親戚との時間、新年の挨拶回り、と、本人の体が、消耗していくことが、見えています。
11月の重さは、これから来る数か月を、本人の体が、すでに察知している、というサインです。本人の体は、本人の頭より、早く、未来を、感じ取っています。重さを、本人が「気のせい」「だらけているだけ」と打ち消すのではなく、「これから来るものに、体が反応しているんだ」と、受け止めます。
カレンダーを、いったん見ない時間
11月のうちは、12月と1月のカレンダーを、必要以上に、見続けない時間も、必要です。年末の予定、帰省の日程、新年の予定、を、何度も確認すると、見るたびに、本人の体に、その予定の重さが、上乗せされていきます。確認は、必要なときだけで、十分です。
カレンダーを見る時間と、見ない時間を、本人の側で、切り分けます。「いまは、見ない時間」と決めて、本人の体を、いまの時間の中に、置きます。 通知と注意の章 でも触れた、本人の注意のリソースを、いまに、戻す発想です。
年末準備の「前倒し」が、本人を消耗させる
近年は、年末準備を、11月から始めることが、推奨される場面が、増えています。年賀状の早割、お歳暮の早期割引、おせちの早期予約、忘年会の早期確保、と、社会の側から、前倒しを、促されます。本人が、これらに、すべて応じる必要は、ありません。
前倒しは、本人の年末を、楽にする側面もありますが、11月から本人の体に、年末の負荷を、上乗せする側面も、あります。前倒しすべきものと、後回しでよいものを、本人の側で、選別します。年末の体力を、11月のうちに、消耗しすぎないことが、大事です。
「年末は忙しいもの」という前提を、疑う
年末が忙しいのは、社会的な慣習が、忙しさを、生み出しているからです。仕事の納め、大掃除、年賀状、おせち、帰省、と、慣習を、すべて踏襲しようとすると、本人の体力では、追いつかなくなります。慣習は、踏襲する義務は、ありません。
慣習のうち、本人の生活に必要なものだけを、残します。大掃除は、年に一回でなくていい。年賀状は、ほとんど出さなくていい。おせちは、簡単なものでいい。帰省は、毎年でなくていい。本人の生活のサイズに、年末を、合わせます。 判断疲れと既定値の章 の発想も、共通します。
体の重さは、本人を守るサイン
11月の体の重さは、本人が「これから来る数か月を、控えめに過ごそう」と、体が、本人に伝えているサインでも、あります。重さを無視して、いつも通りに頑張ろうとすると、12月後半か、1月後半に、本人の体が、もっと強く、止まることが、あります。
重さを感じたら、寝る時間を早める、食べる量を調整する、外出の予定を減らす、と、本人の体に、合わせていきます。11月のうちに、本人が、ペースを落としておくと、12月と1月を、ぎりぎりではない状態で、迎えられます。
11月に「年末の総量」を、見立てる
11月のうちに、本人が、今年の年末の総量を、見立てておきます。仕事の量、家族の予定、親戚との約束、贈答の数、と、本人が、12月と1月に抱えるものを、いったん書き出します。書き出すと、見えていなかった負荷が、見えてきます。
見立てた総量が、本人の体力で、こなせる範囲を、超えていれば、いくつかを、減らします。減らせるものは、優先順位の低い社交、義理の贈答、無理な帰省、と、いろいろあります。本人の体力を、優先します。
11月のうちに、断っておくべきこと
断りにくい誘いや、義理の予定は、11月のうちに、早めに断っておく方が、本人の負担が、軽くなります。直前に断ると、相手に、迷惑がかかります。直前まで保留すると、本人の中に、判断の負荷が、ずっと残ります。早めに断ると、本人にとっても、相手にとっても、整います。
断り方は、「今年はちょっと事情があって」「12月は忙しくて」と、ぼかして、十分です。具体的な理由は、伝えなくても、構いません。相手は、本人の事情の細部を、知る必要は、ありません。
「やらない」を、決める早さ
「やる」を決めるよりも、「やらない」を決めることが、年末準備の中で、最も価値が、高いことが、あります。やらないと決めたものは、本人の頭から、消えます。やると決めたものは、本人の頭の中に、ずっと残ります。やらないを、たくさん決めるほど、本人の頭が、軽くなります。
「今年は年賀状を出さない」「今年はおせちを作らない」「今年は大掃除をしない」と、本人が、明確に決めてしまいます。決めたあとで、後悔するかもしれませんが、それでも、本人が、決めたことの効果は、頭の軽さとして、確実に、残ります。
「家族で集まる」の前提を、疑う
年末年始は、家族で集まるもの、という社会的前提が、強くあります。実家、義実家、兄弟姉妹の家、と、集まる場所の選択肢は、複数あります。本人の家族が、これらすべてに、毎年顔を出す必要は、ありません。
「今年はどこにも行かない」「今年は自分の家で過ごす」「今年は実家だけにする」と、本人の側で、決められます。集まらないことを、家族の絆の希薄化と、捉えなくて、構いません。集まらない年は、家族のリズムの中の、ひとつのパターンです。 義実家との回数調整の章 でも、同じ発想を、扱います。
「働く本人」と「帰省する本人」
多くの本人にとって、12月は仕事の繁忙期、1月は仕事の立ち上がり期です。働く本人としての消耗が、家族の本人としての時間に、覆いかぶさってきます。帰省や正月の集まりに、本人が、十分な体力で、応じられない、ということが、起こります。
これは、本人の責任では、ありません。働く本人としての消耗は、社会の構造で、起きていることです。帰省の場で、本人が、いまひとつテンションが上がらないことを、家族から咎められるとしても、本人が、自分を責める必要は、ありません。働きながら帰省する、というのは、二重の労働です。
「冬の鬱っぽさ」を、軽く扱わない
11月から1月にかけて、本人が、気分の落ち込み、強い倦怠感、朝起きられない、興味が湧かない、という状態を、毎年繰り返している場合、季節性のうつ症状の可能性が、あります。これは、本人の気合の問題では、なく、医学的に、対処可能な状態です。
毎年同じ時期に、同じように重くなるなら、心療内科や精神科への相談を、検討してもよい場面です。光療法、生活リズムの調整、必要に応じた薬物療法、と、対処の選択肢が、あります。本人の体の状態を、専門家と、整理する時期にも、本記事を読んでいる時期は、なり得ます。
「本人の年末」を、本人の側で設計する
世間の年末年始の流れに、本人が、すべて、合わせる必要は、ありません。本人の体力、本人の家族、本人の生活のフェーズに合わせて、本人の年末を、本人の側で、設計します。世間が忘年会の時期でも、本人は、家で休んでよい。世間が帰省の時期でも、本人は、帰らなくてよい。
本人の年末を、本人の側で設計するためには、本人の生活の優先順位を、本人の中で、はっきりさせておく必要が、あります。本人が、いま、いちばん大事にしたい時間は、何か。誰と過ごしたいか。何をしたくないか。これらを、11月のうちに、いったん、整理しておきます。
本シリーズで扱う10話の構成
本シリーズの第2話では、帰省が「休み」ではなく労働であるという認識を、扱います。第3話では、帰らない年を選ぶときの言葉を、扱います。ここまでが、無料公開の範囲です。第4話以降は、会員限定の公開で、お年玉、親戚の質問、配偶者とのバランス、子連れ帰省、一人の年末年始、新年の抱負、連休明けの立て直し、と、各場面を、扱います。
順番に読んでいただいてもよいですし、本人の状況に合う回から、読んでいただいても、構いません。本シリーズは、本人の年末年始を、本人の側で、整える素材です。すべてを実践する必要は、ありません。本人が、使える部分だけを、取り出して、使っていただければ、十分です。
「重さ」を、本人の中で言葉にする
11月の重さを、本人の中で、言葉に、しておきます。「いま、重い」「年末が、しんどい」「予定を、減らしたい」と、本人が、自分の状態を、自分で認める言葉です。言葉にすると、本人の中で、その状態が、はっきりした輪郭を、持ちます。
輪郭を持った状態は、家族や、職場や、本人自身に、説明しやすくなります。「いま、重いから、今日は早く休む」「年末が、しんどそうだから、今年は帰省を、見送る」と、本人の側から、行動を、組み立てられます。本人の中の言葉が、本人の生活を、整える出発点に、なります。
11月のうちに、来年の自分にメモを残す
11月から1月にかけての本人の状態を、来年の本人のために、メモに、残しておきます。「今年は、ここで重くなった」「ここで、こう対処した」「これは、うまくいった」「これは、来年はやらない」と、本人の経験を、本人のための記録に、しておきます。
毎年、年末になると、本人は、同じ重さを、繰り返します。けれど、毎年、本人は、少しずつ、対処の引き出しを、増やしていけます。メモを残すと、来年の本人が、ゼロから考えなくて、すみます。本人の経験は、本人だけの資源です。
無料公開はここまで、次回からは会員限定です。
本シリーズは、第3話までは無料で公開しています。第4話以降は、会員限定の公開です。会員になっていただくと、過去シリーズの会員限定回も、すべてお読みいただけます。年末年始の各場面、お年玉、親戚の質問、配偶者とのバランス、子連れ帰省、一人の年末年始、と、続きの記事を、お読みいただけます。
第2話への接続
次回は、帰省を「休み」ではなく労働として、整理します。年末年始に、実家や義実家に帰省して、なぜ本人が、もとよりも疲れて帰ってくるのか、その構造を、解きほぐしていきます。本人が、帰省で消耗するのは、本人が弱いからでも、家族に問題があるからでも、ありません。帰省という出来事そのものの性質に、消耗の理由が、あります。
本記事についての注意
本記事は心理学的な助言や治療ではなく、年末年始という季節の、本人の体の重さを整理する読み物です。毎年同じ時期に、強い気分の落ち込み、不眠、生活への支障が出る場合は、心療内科・精神科への相談を検討してください。緊急時には、よりそいホットライン(0120-279-338)、いのちの電話(0570-783-556)も利用できます。
今回のまとめ
- 11月の体の重さは、これから来る数か月への、体の予感です。
- 「年末は忙しいもの」という前提を、本人の側で、いったん、疑います。
- 「やらない」を早めに決めるほど、本人の頭が、軽くなります。
- 家族で集まる前提も、本人の体力に合わせて、調整可能です。
- 毎年の重さの記録を、本人の経験として、残しておきます。