「楽しまなきゃ」の重さ
前回は、旅行が、行く前から疲れる構造を、扱いました。今回は、旅行中に、本人を、追い込む「楽しまなきゃ」という圧を、扱います。「せっかく来たんだから、楽しまないと」「お金を、かけたんだから、楽しまないと」「家族の前で、楽しんでいる姿を、見せないと」と、いろいろな形で、楽しむことが、義務化されていきます。
義務化された楽しさは、本人の中で、楽しさとして、機能しません。むしろ、楽しめない自分への、自己否定を、生み、本人の旅行体験を、悪化させます。本記事では、この「楽しまなきゃ」の構造と、外し方を、考えていきます。
「楽しい」は、強要できない感情
楽しさは、本人が、意志で、コントロールできる感情では、ありません。「楽しもう」と、本人が、意志しても、本人の体が、しんどい状態なら、楽しさは、生まれません。楽しさは、本人の体と心が、ある条件を満たしたときに、自然に、湧き上がるものです。
条件は、人によって、違います。十分に、休息を、取った状態。好きな人と、いる状態。好きな場所に、いる状態。プレッシャーが、ない状態。これらの条件が、整ったときに、楽しさが、生まれます。条件が、整っていないのに、楽しさを、要求するのは、無理な要求です。
「楽しもう」とすると、楽しめない
心理学の分野で、よく知られている現象に、「楽しもう」と、意識すればするほど、楽しめなくなる、というものが、あります。これは、本人の注意が、楽しさそのものに、向くのではなく、「自分は、いま、楽しんでいるか?」という、自己観察に、向くからです。
自己観察は、楽しさを、外側から、評価する視点です。評価する視点が、強くなると、楽しさは、消えます。楽しさは、評価せずに、その中に、いる時に、生まれる感覚です。 自己観察の章 の発想と、共通します。
「お金を、かけたんだから」の圧
旅行に、お金を、かけたという事実が、本人の中に、「楽しまないと、もったいない」という、強い圧を、生みます。高い宿に、泊まったら、高い宿の楽しみ方を、しないと、もったいない。新幹線で、来たんだから、新幹線の元を、取らないと、もったいない。と、コストを、回収しようとする心理が、働きます。
コストの回収は、経済的な発想で、楽しみとは、相性が、悪いです。「もったいない」が、本人の中で、強くなるほど、楽しさは、遠のきます。お金は、すでに、使ったものとして、本人の中で、リリースし、目の前の体験を、コストとは、切り離して、扱います。
「時間を、かけたんだから」の圧
お金と、同じく、時間を、かけた、という事実も、楽しみへの圧に、なります。「3日間の休みを、使ったんだから、3日分、楽しまないと」「半日かけて、移動したんだから、半日の移動分、楽しまないと」と、本人の中で、時間の回収が、求められます。
時間も、お金と、同じく、すでに、使ったものとして、本人の中で、リリースします。目の前の体験を、時間の回収のための、活動に、しないことが、楽しさを、戻す手段です。
「家族の前で、楽しむ姿を、見せる」
家族旅行で、本人が、楽しめていない場合でも、家族の前で、楽しんでいる姿を、見せる、という配慮が、働くことが、あります。「家族が、楽しめているから、自分も、楽しんでいるふりを、しないと」「子どもに、楽しい姿を、見せたい」と、本人が、自分の感情を、演技に、置き換えます。
演技は、本人を、強く、疲れさせます。本人の内面の状態と、外面の表現が、ずれた状態を、長時間、維持することは、本人の体に、平時以上の、エネルギーを、要求します。 感情労働の章 の発想と、共通します。
「楽しめないことを、認める」勇気
本人が、楽しめていないことを、本人の中で、認める、ことが、最初のステップです。「いま、楽しめていない」と、本人が、自分に、正直に、言葉にします。この、認める作業が、本人の中の、楽しまなきゃの圧を、軽くします。
認めることは、旅行を、無駄にすることでは、ありません。むしろ、認めた上で、どうするか、を、考える出発点に、なります。認めずに、楽しんでいるふりを、続けることが、本人を、最も、消耗させます。
「楽しい」と、「快適」を、分ける
本人の中で、「楽しい」と、「快適」を、別の感覚として、分けて、捉えます。楽しいは、強い、ポジティブな高揚を、伴う感覚です。快適は、平静で、落ち着いていて、不快がない状態です。旅行で、本人が、求めるべきは、必ずしも、楽しいではなく、快適でも、構いません。
快適な旅行は、強い高揚は、ないかもしれませんが、本人の体に、優しい旅行です。「静かに、過ごせた」「安心して、休めた」「不快な思いをしなかった」と、快適さの基準で、旅行を、評価することも、できます。
「楽しさ」を、後から、思い出す
旅行中に、本人が、楽しさを、強く感じなくても、後から、思い出すと、いい時間だった、と、感じることが、あります。楽しさは、その瞬間に、感じる感情だけでなく、時間が経ってから、振り返ったときに、浮かび上がる感覚でも、あります。
「いま、楽しめていない」と感じていても、それは、後から、いい思い出に、変わる可能性が、あります。「いまの自分が、楽しんでいるか」に、こだわりすぎないことが、本人の旅行を、長期的に、いい体験に、します。
「同行者の楽しさ」を、本人の楽しさに、しない
家族や、同行者が、楽しんでいる姿を、見ることで、本人も、楽しめる、というケースが、あります。これは、いい形です。けれど、同行者の楽しさを、本人の楽しさに、無理に、変換しようとすると、ずれが、生まれます。
同行者の楽しさは、同行者のものです。本人の楽しさは、本人のものです。同行者が、楽しんでいるから、本人も、楽しまないといけない、というルールは、本人の中に、不要です。同行者の楽しさを、邪魔しなければ、本人は、本人なりの距離で、旅行に、参加できます。
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「予定の中の、楽しまなくていい時間」
旅行の予定の中に、「楽しまなくていい時間」を、本人が、意識的に、置きます。宿で、ぼーっと過ごす時間、カフェで、本を読む時間、宿の周辺を、目的なく、歩く時間、と、観光や、活動の予定が、ない時間です。
これらの時間は、楽しむことを、求められません。本人が、ただ、いる、というだけの時間です。この時間が、楽しまなきゃの圧から、本人を、休ませます。逆説的に、こうした時間の中で、ふっと、楽しさが、生まれることも、あります。
「楽しめなかった日」の扱い
旅行の中で、楽しめなかった日が、出てくることが、あります。「今日は、ダメだった」「今日は、何もできなかった」と、本人が、その日を、評価します。けれど、楽しめなかった日も、旅行の一部です。すべての日が、楽しい必要は、ありません。
楽しめなかった日を、責めずに、「今日は、こういう日だった」と、事実だけを、認めます。明日が、同じになる、とは、限りません。旅行の中の、いい日と、平凡な日と、しんどい日が、混じり合っているのが、自然な状態です。
「SNSに、上げる写真」のための旅行
旅行を、SNSに、上げるため、と、目的化していると、楽しまなきゃの圧が、特に、強くなります。「写真映えする場所に、行かないと」「楽しそうな写真を、撮らないと」「フォロワーの反応が、いい投稿を、しないと」と、本人の旅行の目的が、外側に、向きます。
SNSのための旅行は、本人の旅行を、他人の評価の場に、変えます。本人の体験が、他人の反応で、評価される構造の中で、楽しさは、純粋に、機能しません。SNSと、本人の旅行を、切り離す工夫が、必要です。 写真を撮らない章 でも、扱います。
「楽しみ方を、知らない」ではない
本人が、旅行を、楽しめていないと、「自分は、楽しみ方を、知らないんじゃないか」「センスがないんじゃないか」と、自分の問題に、しがちです。けれど、これは、本人のセンスや、能力の問題では、ありません。
本人の体と心が、その時点で、楽しさを、生む条件が、整っていない、というだけです。条件が、整えば、本人にも、楽しさは、生まれます。条件を、整えるために、何が、必要か、を、本人が、本人の中で、探していきます。
「楽しさの種類」が、変わる
年齢を、重ねるにつれて、本人が、楽しいと感じる、ものの種類が、変わっていきます。20代に、楽しかった、にぎやかな場所、人の多い場所が、40代では、しんどく感じるようになる。20代に、退屈に感じていた、静かな場所、自然の中が、40代で、楽しく感じるようになる。
この変化は、本人の中で、自然に、起こっています。昔、楽しかった旅行の形に、固執せず、いまの本人が、楽しいと感じる形を、探していきます。 変わる楽しみの章 の発想と、共通します。
「楽しさ」より、「意味」
旅行に、楽しさを、求めるのではなく、意味を、求める、という発想転換も、有効です。意味は、楽しさより、静かな感覚です。「あの場所に、行けた」「あの人と、過ごせた」「あの景色を、見られた」と、意味のあった体験として、本人が、旅行を、振り返ります。
意味は、楽しさのように、その瞬間の高揚を、要求しません。後から、振り返って、意味を、感じれば、十分です。意味を、軸に、旅行を、設計すると、楽しまなきゃの圧から、本人を、解放できます。
「短い旅行」のすすめ
楽しまなきゃの圧が、強い本人にとって、短い旅行が、合うことが、多いです。1泊2日、または、日帰りの旅行です。短い旅行は、楽しまなきゃの圧の、総量が、少ないです。本人の体力にも、優しいです。
「長い旅行の方が、いい思い出になる」という、思い込みを、本人が、外します。短い旅行を、何回かに、分ける方が、本人にとって、楽な場合も、あります。短い旅行の積み重ねが、長い旅行と、同じか、それ以上の、満足を、本人に、与えることが、あります。
「楽しまなきゃ」を、口に出さない
本人が、自分や、同行者に、「楽しもう」「楽しまないと」と、口に出さないことも、有効です。言葉にすることで、圧が、強くなります。言葉にせず、ただ、いる、という姿勢で、旅行を、過ごします。
同行者から、「楽しんでる?」と、聞かれた時、「うん、ゆっくり、過ごしてる」と、楽しいの言葉を、避けて、答えるのも、選択肢です。楽しい・楽しくないの軸ではなく、ゆっくり・落ち着いて、の軸で、旅行を、語ります。
「旅行の評価」を、急がない
旅行から、戻った直後に、「楽しかったか、楽しくなかったか」を、本人が、評価しないことも、大事です。戻った直後は、まだ、疲労が、強く、評価が、ネガティブに、寄りがちです。数週間、または、数ヶ月、経ってから、振り返ると、いい記憶として、残っていることも、あります。
旅行の評価は、時間を、置いて、ゆっくり、本人の中に、形作られます。即時の評価に、本人を、追い込まないことが、本人を、守ります。
第3話への接続
次回は、旅行の前段階、計画を立てる作業の、疲労を、扱います。計画を、立てるのが、一番、疲れる、という、よくある現象を、整理します。計画の負荷を、軽くする工夫を、考えていきます。
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本記事についての注意
本記事は心理学的な助言や治療ではなく、旅行で楽しめないことへの圧の整理を扱う読み物です。旅行で、強い不安や、生活への支障が出る場合は、心療内科やカウンセラーに相談してください。緊急時には、よりそいホットライン(0120-279-338)、いのちの電話(0570-783-556)も利用できます。
今回のまとめ
- 楽しさは、強要できません。「楽しもう」とするほど、楽しみは、遠のきます。
- お金や、時間を、かけたという事実から来る圧を、本人が、リリースします。
- 「楽しい」と「快適」を、分けて、快適さで、旅行を、評価することも、できます。
- 同行者の楽しさを、本人の楽しさに、変換しなくて、構いません。
- 楽しさより、意味を、軸に、旅行を、設計するという、発想転換も、あります。