シリーズについての注意
このシリーズは「死そのもの」を考える不安を扱うもので、自死念慮(自分を傷つけたい・消えたい気持ち)を扱うものではありません。本人の中に、自分を傷つけたい、消えてしまいたい、という気持ちが、強くある場合は、 「消えてしまいたい」気持ちのシリーズ を、お読みください。緊急時には、よりそいホットライン(0120-279-338)、いのちの電話(0570-783-556)が、利用できます。
本シリーズは、心理学的な助言や、宗教的な救済論を、提供するものでは、ありません。死を、考える本人の不安と、付き合う視点を、整理する読み物です。
「夜中に死を思う」本人へ
夜中、布団の中で、急に、自分の死、家族の死、いつか終わる人生のことを、本人が、考えてしまう瞬間が、あります。日中は、忘れていられる問いが、夜になると、静かに、本人の中に、戻ってきます。「自分も、いつか、死ぬのだな」「あの人も、自分より、先に、いなくなるかもしれない」と、本人が、思います。
これは、本人の中の、自然な問いです。本人が、生きていることへの、感度が高いから、出てくる問いでも、あります。本記事は、こういう夜の問いと、どう、付き合うかを、扱います。
「夜の死」は、答えのない問い
夜中に、本人の中に、浮かぶ死の問いは、答えのない問いです。「人は、なぜ、死ぬのか」「自分は、いつ、死ぬのか」「死んだ後、どうなるのか」と、本人が、考えても、確かな答えは、出ません。これらの問いには、誰も、答えを、知らないからです。
答えが、出ない問いを、本人が、考え続けると、夜が、長く、感じられます。けれど、答えが出ない問いに、答えを、出そうとする必要は、ありません。答えのない問いと、ともに、夜を、過ごす技術が、必要です。
「消したい」とは、違う
夜の死の問いは、「自分を、消したい」「いま、死にたい」という気持ちとは、別のものです。前者は、人生の有限性についての、静かな問いです。後者は、現在の苦しみから、逃れたい、という、急性の気持ちです。両者は、混同しやすいですが、別物です。
本シリーズは、前者を、扱います。後者の気持ちが、本人の中に、強くある場合は、 消えてしまいたい気持ちのシリーズ を、参考にしてください。よりそいホットライン(0120-279-338)、いのちの電話(0570-783-556)も、利用できます。
「夜の方が、死を思いやすい」
本人が、日中ではなく、夜中に、死を思いやすいのには、理由があります。日中は、仕事、家事、人付き合い、と、本人の注意が、外に、向いています。夜は、これらが、止まり、本人の中の、静かな問いが、表に、出てきます。
また、夜は、本人の体が、疲れています。疲れた体は、不安を、強く、感じやすいです。寝つけない時間が、長くなるほど、本人の中の、問いは、深まります。これは、本人の弱さではなく、夜という時間の、性質です。
「考えてはいけない」と、思わない
死を、考える本人を、本人が、責めることが、あります。「死のことなど、考えるべきではない」「健康的ではない」「明るく、生きるべき」と、本人が、本人の問いを、否定します。けれど、死を、考えること自体は、本人の中の、自然な働きです。
死を、意識することは、本人が、生きていることへの、感度を、上げる働きでも、あります。死を、考えない人より、考える本人の方が、人生の限られた時間を、丁寧に、生きようとする傾向が、あります。これは、否定的に、扱う必要のない感性です。
「年齢が、変わると、現れる」
夜に、死を思う頻度は、本人の年齢に、よって、変わります。30代後半、40代、50代、と、本人の年齢が、上がるにつれ、死の問いが、本人の中に、現れる頻度が、増えます。親の死、知人の死、自分の体の変化、と、死の影が、本人の生活に、近づいてくるからです。
これは、年齢に伴う、自然な変化です。若い頃には、考えなかった問いが、ある年齢で、現れることは、本人の発達の、一段階でも、あります。 老いの不安シリーズ の発想とも、近いです。
「親の死」が、近づく時期
多くの本人にとって、夜に、死を思う問いが、強くなる時期は、親の死が、近づいてくる時期です。親が、60代後半、70代、と、年齢を、重ねるにつれ、「いつか、親が、いなくなる」という現実が、本人の中に、入ってきます。
これは、本人の人生の、大きな転換の予感です。親が、いる世界と、いない世界は、別の世界です。本人は、いない世界を、想像し始めます。 介護前夜のシリーズ の発想と、重なります。
「自分の死」を、想像する
夜に、本人が、自分自身の死を、想像することも、あります。「自分が、死ぬとき、どんな状況だろうか」「死ぬとき、何を、考えるだろうか」「死んだ後、家族は、どう、なるだろうか」と、本人の中で、想像が、展開します。
これらの想像は、本人を、強く、不安にすることが、あります。けれど、想像すること自体は、悪いことでは、ありません。第5話で、扱います。想像と、選ぼうとすることは、別物だからです。
「死後の世界」の問い
夜の問いの中に、「死んだ後、どうなるのか」という、死後の世界の問いも、含まれます。本人が、信仰を、持っているなら、信仰の中の、答えが、ある場合があります。信仰を、持たない本人にとっては、答えのない問いです。
本シリーズは、死後の世界について、断定的な答えを、提供しません。「ある」とも、「ない」とも、言いません。本人が、本人の中で、答えのない問いと、付き合っていくことを、支える視点を、扱います。
「夜の問い」は、続かない
夜中に、本人の中に、強く、現れた死の問いは、朝が、来ると、薄くなります。日中の活動の中で、本人の注意が、外に、向くと、夜の問いは、本人の中の、奥に、引っ込みます。これは、繰り返される、パターンです。
夜の問いが、強い時、本人は、「ずっと、この問いと、暮らすのか」と、感じることが、あります。けれど、夜の問いは、その夜の、その時間の現象です。朝には、薄くなります。これを、覚えておくと、夜の重さが、少し、軽くなります。
「眠れない夜」の手当て
死の問いで、眠れない夜には、いくつかの手当てが、あります。布団から、出て、別の部屋で、本を、少し、読む。温かい飲み物を、飲む。深い呼吸を、何度か、する。ラジオの音を、小さく、流す。これらは、夜の問いから、本人の注意を、軽く、ずらす方法です。
問いそのものを、消そうとはしません。問いと、距離を、取る、という発想です。問いは、ある。本人は、本人の体を、別の活動に、向ける。これだけです。第10話で、もう少し、扱います。
「家族に、話す」かどうか
夜の死の問いを、本人が、家族に、話すかどうかは、慎重な判断が、必要です。家族が、聞いてくれる人なら、話すことで、本人が、少し、軽くなる場合が、あります。けれど、家族が、「変なこと、考えないで」と、本人の問いを、否定する人なら、話さない方が、本人を、守ります。
本人の問いを、受け止めてくれる人を、本人が、選びます。家族でなくても、構いません。長く、付き合ってきた友人、カウンセラー、医師、と、選択肢は、あります。
「カウンセラー」を、利用する
死の問いが、本人の生活に、強く、影響している場合、カウンセラーに、話すことも、選択肢です。カウンセラーは、本人の問いを、否定せず、聞きます。本人の中の、問いを、整理する手助けを、します。
カウンセリングを、受けることに、抵抗を、感じる本人も、います。「自分は、そこまで、深刻ではない」と、感じることが、多いです。けれど、専門家の助けを、借りることは、本人の弱さでは、ありません。むしろ、自分の状態を、適切に、扱うための、知恵です。
「医療」が、必要な場合
死の問いが、強く、本人の睡眠、食欲、日常生活に、長く、影響を、与えている場合、医療の助けが、必要な可能性が、あります。心療内科や、精神科の医師に、相談することを、検討します。
夜の死の問い自体は、病気ではありません。けれど、それが、本人の生活を、強く、損ねている場合は、別の問題が、背後に、ある可能性が、あります。専門家の判断を、得ることが、本人を、守ります。
「考えても、わからない」を、認める
死の問いに、本人が、何時間、考えても、答えは、出ません。これを、認めることが、本人の中の、第一の整理です。「考えれば、わかるはず」と、本人が、考え続けると、本人は、消耗します。
「考えても、わからない」を、認めると、本人は、考えるのを、ある程度、止められます。完全には、止まりませんが、強い執着は、減ります。これは、死の問いと、長く、付き合う、最初の姿勢です。
「他の人も、同じ」
夜に、死を思う本人は、本人だけでは、ありません。多くの人が、ある年齢に、なると、夜に、死を、考えます。これは、人間の、一般的な体験です。本人だけが、変わっているのでは、ありません。
「他の人も、同じ」を、知ることは、本人の中の、孤独感を、軽くします。日中、周囲の人と、話していると、誰も、死のことを、考えていないように、見えます。けれど、それは、誰も、口に出さないだけです。多くの人が、夜には、似た問いを、抱えています。
「死を、考える時間」を、生活に、入れる
死の問いから、本人が、完全に、逃げ続けるより、ある程度、向き合う時間を、生活に、入れる、という発想も、あります。週に、一回、本を読む。死について書かれた、優しい本を、少し、読む。死をテーマにした、映画を、見る。これらが、本人の中の、問いを、少しずつ、整理します。
避け続けると、問いは、夜に、強く、戻ってきます。意識的に、向き合う時間を、本人が、設けることで、夜の重さが、少し、変わります。
「夜の問いは、本人の人生の一部」
夜に、死を思う体験を、本人の人生から、消そうとは、しません。これは、本人の人生の、一部です。本人が、生きていることへの、感度の現れです。消そうとすると、本人の感度も、消えます。
夜の問いと、ともに、生きていく、という発想を、本人が、ゆっくり、育てます。問いが、ある夜と、問いが、薄い夜が、ある、というのが、本人の生活の、ありのままの姿です。
「シリーズ全体」が、扱うもの
本シリーズでは、夜に、死を思う体験を、入り口に、死の不安の、いろいろな側面を、扱います。怖さの種類、信仰なしの死生観、親の死、自分の死に方、死を語る場、残すもの、死を意識した暮らし、老いと死の分け方、夜の手当て、と、扱う領域は、広いです。
すべてを、一度に、読む必要は、ありません。本人の中で、響くテーマから、読んでいきます。本シリーズが、本人の夜の問いと、付き合う、ささやかな道具に、なることを、願います。
無料公開はここまで、次回からは会員限定です。
本シリーズは、第3話までは、無料で、公開しています。第4話以降は、会員限定の公開です。会員になっていただくと、過去シリーズの会員限定回も、すべて、お読みいただけます。
第2話への接続
次回は、死の怖さを、種類に、分ける視点を、扱います。「死」と、ひとくくりに、扱うと、本人の中で、整理しづらい問いも、種類に、分けると、抱えやすさが、変わります。自分の死、大切な人の死、死後の不明、と、いろいろな種類が、あります。
本記事についての注意(再掲)
このシリーズは「死そのもの」を考える不安を扱うもので、自死念慮(自分を傷つけたい・消えたい気持ち)を扱うものではありません。本人の中に、自分を、傷つけたい、消えてしまいたい、という気持ちが、強くある場合は、 消えてしまいたい気持ちのシリーズ を、お読みください。緊急時には、よりそいホットライン(0120-279-338)、いのちの電話(0570-783-556)が、利用できます。心療内科、精神科、カウンセラーへの相談も、有効です。
今回のまとめ
- 夜に、死を思う体験は、本人の中の、自然な問いです。
- 夜の死の問いは、「消したい」気持ちとは、別のものです。
- 答えのない問いを、答えを、出そうとせず、ともに、過ごす姿勢が、必要です。
- 夜の問いは、朝には、薄くなります。続きません。
- 家族、友人、カウンセラー、医療、と、相談できる相手が、います。