SNS のあとに本が読めない

感情表現・内省 自己理解

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SNSの直後に本が読めなくなる構造を扱う無料最終回。スマホと本の入り口の違いを整理します。

SNSの直後は、本の入り口が見えにくくなっています。

SNSの直後に、本が異様に重く感じる

第3話では、SNSのあとに本が読めなくなる、という具体的な現象を扱います。これは多くの読書好きが体感している現象です。朝、寝起きにスマートフォンでSNSを三十分ほど見たあと、本を開こうとすると、紙のページが異様に重く、文字が頭に入ってこない感覚。あるいは、夜、寝る前に本を読もうと思って布団に入ったのに、ついSNSを見始めてしまい、一時間後に本を開いたら、最初の三行で力尽きた経験。

これは気のせいではなく、SNSという情報摂取の形式と、本という情報摂取の形式が、本人の中で必要とする処理の種類が違うために起きる現象です。SNSは短い情報の連続を、高速で切り替えながら受け取る形式です。本は長い情報の連続を、ゆっくり一つに沈み込みながら受け取る形式です。前者の受け取り方をした直後に、後者の受け取り方に切り替えるのは、本人が思っているより難しい作業です。

第3話の主旨は、この切り替えの難しさを、本人の意志の問題ではなく、構造の問題として理解することです。理解できると、SNSのあとに本が読めなかった日のことで自分を責める必要が、ぐっと減ります。同時に、SNSと本の間に「移行のための間」を入れる、という対処も、自然に見えてきます。

SNS のあとに本が読めない

SNSの情報摂取は「断片の連続」

SNSの情報摂取は、断片の連続を受け取る形式です。タイムラインを下にスクロールしていくと、見知らぬ人の今日のランチの写真、知人の旅行の報告、社会的なニュース、誰かの愚痴、企業の広告、おすすめされた動画、というように、文脈の異なる断片が連続して流れてきます。これらの断片同士に、論理的なつながりはありません。一つ一つを五秒から十秒で消費して、次に進む、というのが基本のリズムです。

このリズムで情報を摂取し続けると、本人の中で、情報を「文脈に沿って積み重ねる」という処理のスイッチが、しばらくオフになります。スイッチがオフの状態で本を開くと、本という、文脈の積み重ねを前提とした形式が、急に重く感じられます。本の三行目は、二行目の上に乗っている、という前提が、SNSの直後には、頭に入っていません。だから三行目で読み戻りが発生し、その読み戻りが疲労感として残ります。

この現象は、読解力の低下ではなく、頭の処理モードがSNSモードに留まったままで本に向かったときの、モードのミスマッチです。モードを切り替える時間を入れれば、本はちゃんと読めます。モードの切り替えに必要な時間は、人によって違いますが、多くの場合、十分から二十分くらいです。

「移行の間」をどう作るか

SNSと本の間に移行の間を入れる、というのは、口で言うほど簡単ではありません。私たちの生活は、SNSを切ったらすぐに別の用事に移る、という流れで組まれています。SNSを切って、十分から二十分、何もしない時間を取る、ということを、習慣として組み込むには、それなりの意識的な工夫が要ります。

有効な間の作り方をいくつか挙げます。一つ目は、SNSを閉じたあとに、五分間、お茶を入れて飲む。お湯を沸かし、急須に茶葉を入れ、茶碗に注ぎ、香りを嗅ぎ、ゆっくり飲む、という五分間の小さな儀式です。二つ目は、SNSを閉じたあと、五分間、窓の外を眺める。具体的に何かを見ようとせず、ただ空や木を眺める。三つ目は、SNSを閉じたあと、五分間、簡単な家事をする。皿を洗う、机を拭く、洗濯物をたたむ、というような、頭をあまり使わない作業です。

これらの間に共通するのは、「情報の流れを切る」「身体を少しだけ使う」「意味のあるアウトプットを求めない」という三つの条件です。この三つの条件を満たす五分から十分があれば、本人の中の処理モードはSNSモードから抜け出して、本を受け取れるモードに近づきます。完全に切り替わるには十分から二十分かかりますが、五分の間でも、何もしないより圧倒的に変わります。

「朝のSNS」の特別な影響

SNSの中でも、特に影響が大きいのが、朝起きてすぐに見るSNSです。朝起きてすぐの本人の脳は、まだ前夜の睡眠から完全に立ち上がっていない状態です。この状態で、外の情報を一気に流し込まれると、その日一日の処理モードが、SNSモードで起動されます。朝のSNSが、その日全体の集中の質を、底のほうに引き下げる、という現象は、多くの人が体感しています。

これに対する一番有効な対処は、朝起きてから三十分間は、スマートフォンに触らない、というルールです。三十分の間に何をするかは、人によって違っていいです。コーヒーを淹れる、シャワーを浴びる、朝食を食べる、軽くストレッチする、犬の散歩に出る、新聞を開く、本を一ページだけ読む。何でもいいので、スマートフォンが介在しない三十分を作ります。これだけで、その日の集中の質が、目に見えて変わります。

このルールを実行するうえで、一番難しいのは、目覚まし時計の代わりにスマートフォンを使っている人の場合です。アラームを止めるためにスマートフォンに触ると、止めたあとに通知やSNSを見てしまう、という流れが、ほぼ自動的に発生します。これを防ぐには、目覚まし時計を別の物にする、というのが最も簡単な解決です。千円程度のシンプルな目覚まし時計を一つ買うだけで、朝のSNSから本人が解放されます。

「夜のSNS」が読書を奪う構造

夜のSNSも、読書を奪う構造を持っています。夜、布団に入ってから、本を読むつもりだったのに、つい先にSNSを見てしまい、気がつくと一時間が過ぎている、というパターンです。一時間SNSを見たあとに本を開くと、目はかすみ、頭はぼんやりして、本のページが入ってきません。結局そのまま本を閉じて寝ることになり、翌日の自分に「昨夜も結局読めなかった」という記録だけが残ります。

夜のSNSと夜の読書の競争では、ほぼ毎回SNSが勝ちます。理由は、SNSのほうが本より、はるかに低い起動コストで楽しさが得られる設計になっているからです。意志力で本を選ぼうとしても、その意志力は一日の終わりにはほぼ枯渇しています。意志力に頼らず、構造で勝つ方法は、SNSを布団から遠ざけることです。スマートフォンを別の部屋に置く、寝室にスマートフォンを持ち込まない、という単純な配置の変更が、もっとも効きます。

もう一つの選択肢は、本を寝室に複数並べておくことです。短いエッセイ、薄い詩集、簡単に開ける写真集、短編集、というように、五分で開いて閉じられる本を、枕元に三冊以上置いておく。手を伸ばす先がスマートフォンしかない状態を、本がスマートフォンと同じ距離にある状態に変える。これだけで、夜の競争の構造が少し変わります。

「SNSを完全にやめる」は本シリーズの立場ではない

誤解されないために明記しておきますが、本シリーズはSNSを完全にやめることを勧める立場ではありません。SNSは、現代の生活の中で、情報源、コミュニケーション手段、仕事のツール、安全網として、すでに大事な役割を担っています。これを完全にやめると、生活の別の領域でコストが発生します。やめることそのものを目的化するのではなく、SNSと本の両方を、自分の生活の中で共存させる配分の見直しを目指します。

共存の配分は、人によって違います。SNSを毎日一時間使い、本を毎日三十分読む、という配分が成立する人もいれば、SNSを毎日二十分使い、本を毎日一時間読む、という配分の人もいます。重要なのは、配分を意識的に決めて、本人の中で納得できる形にすることです。気がついたらSNSを三時間見ていた、というのは、配分の決定権が本人の手から離れている状態です。決定権を本人の手に戻すことが、本シリーズの目指す方向です。

SNS自体の使い方の見直しについては、SNS発信疲れの章 もあわせて参考になります。SNSで明るく発信し続ける圧と、SNSを長く見続ける癖は、別の問題ですが、構造的につながっています。両方を視野に入れて、SNSとの距離を再設計していくのが現実的です。

「アルゴリズムの個別最適化」という落とし穴

もう一段深く見ておきたいのが、SNSのアルゴリズムが、本人ごとに個別最適化されている、という事実です。あなたのタイムラインは、あなた専用に組まれています。あなたが過去にクリックした投稿、長く見た動画、いいねした内容、コメントした相手、これらすべてがアルゴリズムに記録され、あなたが次に見たくなりそうな投稿が、優先的に流れてきます。これは利便性であると同時に、本人を画面に引き止め続けるための設計でもあります。

個別最適化されたタイムラインは、本人にとって「気持ちのいい流れ」になっています。気持ちのいい流れは、見続けやすい流れです。本人が「もう閉じよう」と思っても、次の投稿がまた興味を引く内容で、つい指がスクロールしてしまう。これは本人の意志の弱さではなく、アルゴリズムの設計に対して、本人が構造的に不利な戦いを強いられている、ということです。

この不利な戦いに勝つ方法は、戦わないことです。アルゴリズムと意志力で正面から戦うのではなく、アプリを開かない時間を物理的に作ってしまう。アプリのアイコンを目につきにくい場所に置く、画面の通知をすべて切る、特定の時間だけアプリを開けるようにロックする、といった、本人の意志ではなく構造で対処する方法のほうが、長期的に成功します。

「読書とSNSを地続きで考えない」という整理

最後に、第3話のもう一つの主張を置いておきます。それは、読書とSNSを、地続きの「文章を読む活動」として考えないこと、という整理です。文字を読んでいる、という表面的な共通点だけで、両者を同じカテゴリーに入れてしまうと、読書ができない時期にSNSをたくさん読んでいることが、「読書の代替」として正当化されがちです。実際には、両者は別の活動で、別の処理を本人に要求します。

SNSをどれだけ読んでも、それは本を読んだことにはなりません。本を読んでいた時間が、SNSを読む時間に置き換わっただけです。これは、SNSを否定する話ではなく、ただ事実を整理する話です。SNSの時間が増えた人は、その時間ぶん、本の時間が確実に減っています。両者は同じ「読む時間」の中で競合する活動だからです。

整理ができると、「最近本を読んでないけど、SNSでいろいろ読んでるから、知的な活動はできている」という、本人の中の便利な物語が崩れます。崩れることは、痛みを伴いますが、便利な物語に長くいると、本との関係が回復しにくいまま固定されます。第3話の最後に、この物語を、自分の中で一度崩しておくことを、勧めておきます。

第3話の問い、無料パートの締めくくり

第3話で持ち帰ってほしい問いは三つ。一つ目、あなたの一日の中で、SNSを開いている時間と、本を開いている時間の比率は、ざっくりどれくらいですか。二つ目、SNSを閉じたあとの十分から二十分の「移行の間」を、生活の中に組み込めそうな場面は、どこにありますか。三つ目、朝起きてからの三十分、スマートフォンに触らないルールは、明日から実行できそうですか。これら三つの問いに、第4話以降の有料パートに進む前に、自分の中で軽く答えておいてください。

第1話から第3話までが、本シリーズの無料パートです。読めない時期を、回復段階として捉え直す枠組み、集中力を整える発想、SNSとの距離の調整、という三つの基礎を置いてきました。第4話以降は、より具体的な実践のステップに進みます。短い活字から戻る順番、オーディオブックの使い方、映画やニュースとの関係、仕事の文書の読み方、感想を持たない自由、というように、生活のさまざまな場面に降ろしていきます。続きは、会員ページで読み進めてください。

今回のまとめ

  • SNS直後に本が読めないのは、断片連続モードから文脈積み重ねモードへの切り替えの問題
  • SNSと本の間に5〜20分の「移行の間」を入れると、本のページが入りやすくなる
  • 朝起きてから30分、夜の布団の中、この二つの時間はスマホを物理的に遠ざける
  • SNSを完全にやめる必要はない。配分の決定権を本人の手に戻すのが目的
  • SNSのアルゴリズム個別最適化に対しては、意志力ではなく構造で対処する
  • SNSと読書は別の活動。SNSが多い分、確実に本の時間が減っているという事実を直視する

シリーズ

「読めない・観られない時期」── 本が読めない、長い文章が追えない10話

第3回 / 全10本

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積まれた本は、読めない自分の証拠ではなく、戻る場所の印です。

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第2回 / 無料記事

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第3回 / 無料記事

SNS のあとに本が読めない

SNSの直後は、本の入り口が見えにくくなっています。

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第4回 / 会員向け

短い活字から戻る順番

戻る順番は、短くてやさしいものからです。

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第8回 / 会員向け

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第9回 / 会員向け

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感想を持たないまま読んでいい、と決めるのも自由です。

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第10回 / 会員向け

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