このシリーズが扱うこと、扱わないこと
古い写真を見たとき、若い頃の音楽がふと流れたとき、子ども時代の場所の前を通りかかったとき。本人の中で、はっきりとした名前のつかない感情が、静かに立ち上がります。本シリーズは、その「懐かしさ」「郷愁」「思い出し」と呼ばれる感情を、本人の生活の中で扱える形に、10話に分けて整理していく読み物です。
本シリーズは、懐かしさを弱さや現実逃避と決めつけません。同時に、懐かしさが行き過ぎたときに、本人の今日の生活を貶めはじめる側面も、合わせて扱います。心の領域に偏った極端な助言ではなく、本人が日々の暮らしの中で扱える距離感を、整えることを目的にしています。診断や治療を必要とする状態、長期の抑うつ、深刻な喪失反応がある場合は、かかりつけの専門家にご相談ください。
古い写真を、不意に見つけてしまう
引き出しの奥、押し入れの段ボール、実家の納戸、誰かの結婚式で配られたアルバム。本人が片づけのつもりで開いた箱の中から、数十年前の自分が、若い顔で写っている写真が、ふっと出てきます。本人は、その場で、しばらく手が止まります。
写真の中の自分は、今より痩せていて、髪が黒くて、表情が少し緊張しています。隣には、もうこの世にいない祖父母が写っています。背景に、いま取り壊された建物が、まだ立っています。本人は、その一枚から、しばらく目が離せなくなります。

動揺の正体は、悲しみだけではない
古い写真を見た瞬間の感情を、本人は「悲しい」と一語で片づけがちです。けれど、よく見ていくと、その中には、もう少し細かい感情が、重なって入っています。あたたかさ、寂しさ、ありがたさ、後悔、申し訳なさ、安心、そして言葉にならない静けさ。これらが、一つの瞬間に、同時に立ち上がっています。
懐かしさという感情は、単一ではありません。本人の中で、複数の方向の感情が、同時に動いていて、その重なりが、本人を、しばらく動けなくします。動揺の正体は、悲しみそのものではなく、整理しきれない感情の同時発生、です。
「懐かしさ」は、感傷だけの感情ではない
世の中の言葉づかいの中で、「懐かしい」「郷愁にひたる」は、しばしば、生産性のない感傷、として軽く扱われます。本人の中にも、その評価が入り込んでいて、懐かしさを感じた瞬間に、「こんなことしてる場合じゃない」と、自分を制止しようとすることが、あります。
けれど、懐かしさという感情には、本人の中で、いくつかの大切な働きがあります。本人が今、自分の人生をどう受け止めているかを確認する働き、本人の中で誰が、何が、大切だったのかを再確認する働き、いまの本人を、これまで生きてきた連続の中に置き直す働き。これらは、感傷ではなく、本人の生活を支える静かな確認作業、です。
古い写真を見ると、なぜ動揺するのか
古い写真を見たとき、本人の中で、過去のある時点と、現在の時点が、一瞬で重なります。ふだん、本人は、現在を中心に時間を感じています。過去は、現在から距離を取った場所にある、として整理されています。けれど、写真の中の景色や顔は、その距離を、いきなり消してしまいます。
本人の中で、過去と現在のあいだの「時間の段差」が、一気に縮まります。距離が消えた瞬間、本人は、その間に起きたすべての出来事、失われたもの、変わってしまったもの、自分自身の変化、を、まとめて受け取ります。動揺は、一度に多くを受け取ることへの、自然な反応、です。
失われたものを、初めて数えてしまう
古い写真の中には、いまはもういない人、いまは離れている人、もう住んでいない家、もう存在しない店、解体された駅、別の名前に変わった会社、が写っています。本人は、写真を見たその瞬間まで、それらが「失われた」と意識していませんでした。日々の暮らしの中で、失ったことに目を向けない仕組みが、本人を、支えてきました。
写真を見た瞬間、その仕組みが、いったん解除されます。失ったものを、ひとつずつ数えてしまいます。これは、本人の感情の働きの自然な側面であり、避けるべきことではありません。ただし、数え終わった後、本人が長く沈み込みすぎないように、その後の動きを、生活の中で軽く準備しておきます。
「写真を閉じる時間」も、決めておく
古いアルバムを開いた本人は、しばしば、止まらなくなります。一枚見ると、次の一枚を見て、また次のページを開きます。あっという間に、夜遅くなっています。本人は、写真を見ていた時間の長さに、自分でも驚きます。
古いアルバムを開く前に、「30分だけ」「一冊だけ」のように、閉じる時間を、緩く決めておきます。途中で閉じることは、感情から逃げることでは、ありません。本人の中で動いている感情を、消化する時間を、別に確保するため、です。一気に全部受け取ると、本人は、後でぐったりします。
誰と一緒に見るかが、感情を変える
同じ写真でも、一人で見るのと、家族と見るのと、当時を知る友人と見るのとでは、本人の中に立ち上がる感情の中身が、変わります。一人で見るときは、本人の内側の動きが深くなります。誰かと一緒に見るときは、写真にまつわる物語が、言葉になって、本人の中で整理されます。
古い写真を、誰かと一緒に見るというのは、本人の記憶を、外側に出して、もう一度、誰かと共有する動作、です。共有された記憶は、本人一人で抱えていた記憶よりも、軽くなります。重く感じる写真ほど、誰かと一緒に開く時間を、ゆっくり持ってみてください。
「写真の中の自分」を、今の自分が見る
古い写真の中の自分は、今の自分とは別人のように、見えます。若く、緊張していて、何かを信じていて、何かを知らない顔をしています。今の本人は、その顔に、少し優しい気持ちと、少し気恥ずかしさと、少し痛みを、感じます。
写真の中の自分は、今の本人が知っている、その後の人生の展開を、まだ知りません。これからどんな人と出会い、どんな別れがあり、どんな失敗をするのか、まだ知りません。今の本人は、その顔を、責めずに、見守るような気持ちで見られると、いちばん落ち着きます。
「あの時こうしていれば」は、軽く流す
古い写真を見ていると、本人の中で、「あの時こうしていれば」「あの選択が違っていたら」が、立ち上がりやすくなります。これは、懐かしさという感情の中に混じる、後悔の成分、です。多くの場合、その後悔は、本人を建設的な方向には、運びません。
「あの時こうしていれば」が立ち上がったら、その思いを、無理に消そうとせず、しばらく置いておきます。本人の中で、その想いが流れていくまで、待ちます。判断のための材料にしようとせず、感情として、そのまま、扱います。修復が止まったときの整理 の発想と、地続きです。
「懐かしさで泣く」を、止めない
古い写真を見ていて、本人が、ふと、涙が出ることがあります。本人は、自分でもびっくりして、慌てて涙を拭おうとします。年齢を重ねた本人は、自分が涙もろくなったことを、衰えのように感じることが、あります。
懐かしさで涙が出ることは、本人の中で、感情の通路が、正常に動いている証拠、です。涙を止める必要は、ありません。誰かの前で恥ずかしければ、しばらく一人になれる場所に、移ってください。本人が、自分の感情を抑え込みすぎないことが、長い目で、本人を、楽にします。
SNSの古い投稿は、写真とは少し違う
本人のスマートフォンやアカウントには、10年前、15年前のSNS投稿が、保存されています。写真と並んで、その日の本人の言葉、当時の友人の反応、そのときの感情、が、まるごと残されています。これは、写真よりも、本人の当時の心に、近い記録です。
SNSの古い投稿を見返すときは、写真を見るときよりも、少しだけ、慎重に扱います。当時の自分の言葉に、いまの本人が、過剰に恥ずかしさを感じることが、あります。本人の言葉は、本人のものであり、いまの基準で当時の自分を裁かないように、距離を置きます。同窓会後のSNS でも、似た感覚を扱っています。
本シリーズの読み方
本シリーズは、10話を通じて、懐かしさという感情の各局面を、扱っていきます。第2話では、記憶が本人の中で編集されるしくみを扱います。第3話では、懐かしさが今日を支える働きを整理します。第4話以降では、帰省、古いメディア、子ども時代の場所、「あの頃が良かった」の罠、持ち物の処分、未来との関係、過去との並び方、と、具体的な場面に降りていきます。
順番通りに読んでも、気になる回から開いても、構いません。本人の生活の中で、いま、いちばん気になっている話題から、開いてください。一気に読みきる必要は、ありません。本シリーズは、長く付き合う読み物として、本人の生活の中に、ゆっくり置いてください。
懐かしさを、隠さない、振りかざさない
本シリーズの基本的な姿勢を、ここで一つ、置いておきます。懐かしさを、本人の中で、隠さない。同時に、振りかざさない。この二つです。隠すというのは、懐かしいと感じている自分を、生産性のない感傷だと貶め、感情の存在を、自分で否定する動作です。振りかざすというのは、本人の懐かしさを根拠に、他の人や今の生活を、貶め始める動作です。
本人の中で、懐かしさが、ただそこにある、として扱われる状態が、いちばん落ち着いた距離、です。隠さず、振りかざさず、ふつうに、味わいます。これが、本シリーズの全体を貫く姿勢、です。
「過去にすがる」と、本人を責めない
懐かしさを大切にしている本人を、世の中の一部の言葉づかいは、「過去にすがっている」「現実から逃げている」と、評価することが、あります。本人の中にも、その評価が入り込んで、自分の懐かしさを、自分で否定することが、あります。
本シリーズは、その評価を、いったん、外します。懐かしさは、過去にすがる動作ではなく、本人の人生の連続性を、本人の中で確認する動作、です。本人の懐かしさを、本人が、責めずに扱うことから、始めていきます。同時に、その懐かしさが、本人の現在の関係や生活を犠牲にし始めたら、それは別の問題として、第7話で扱います。
「故人を軽く扱わない」を、前提に置く
本シリーズが扱う懐かしさの中には、もうこの世にいない人への思いが、頻繁に登場します。両親、祖父母、配偶者、子ども、友人、恩師、ペット。本人の中で、その人たちは、過去の人物であると同時に、現在の生活に、静かに影響を与え続けている存在、です。
本シリーズは、故人への思いを、感傷として軽く扱いません。同時に、過度に重く扱って、本人を「悲しみつづけなければならない」と縛ることも、しません。本人の中で、故人との関係が、ふつうの生活と並んで、続いている、という前提を、置いておきます。長く続く寂しさ の話とも、地続きです。
第2話への接続
次回は、本人が「あの頃」を思い出すとき、その記憶が、本人の中で、どのように編集されているかを扱います。記憶は、録画のように、当時のままで保管されているわけでは、ありません。本人の中で、何度も書き直され、整理し直され、いまの本人にとって意味のある形に、編集されています。その働きを、責めず、否定せず、整理していきます。

関連するシリーズ
懐かしさは、本人の人生のいくつかの局面と、地続きで動きます。自分史を書き残すという防衛 は、本シリーズと隣り合った位置にあります。また、同窓会シリーズ も、懐かしさが本人の中で動く別の場面として、合わせて参考になります。
もう一つ並べて読んでおきたいのは、引っ越し先で前の家を思い出す回、ペットロスシリーズ、友達関係が記憶として残る回 です。これらは、それぞれの場面で、本人の中の懐かしさが、どのように動くかを、扱っています。本人のいまの生活の中で、もっとも近い場面のシリーズから、開いてみてください。