「上手いより伝わる」という言葉の二つの顔
発表が怖い本人に対して、上司や先輩や、プレゼン関連の本が、しばしば渡してくる言葉があります。「上手いより、伝わることが大事だよ」。この言葉は、表面的には、本人を楽にする方向の言葉に見えます。完璧なスピーチを目指さなくていい、立派な話し方を目指さなくていい、本人の言葉で、相手に必要なことが伝われば、それで十分だ、という意味に、本人の中では受け取られます。
本シリーズが、この言葉について、第2話で改めて取り上げるのは、この言葉が、本人の中で、別の働きをしてしまうことがあるからです。「上手いより伝わる」という言葉は、本人の中で、こう翻訳されることがあります。「上手くなくていい、と言われているのに、自分は伝わる発表すらできない」「上手くなくていいのに、それでも怖いのは、自分の側の問題だ」。この翻訳が動くと、本人の中で、発表に対する恐怖は、緩むどころか、むしろ深まります。
第2話では、「上手いより伝わる」という言葉が、本人の発表恐怖の核心には届かない、という構造を、整理していきます。本シリーズは、この言葉そのものを否定しません。発表の中で、伝わることが大事である、という主張は、十分に妥当です。ただ、その主張が、本人の前夜の動悸を直接緩める働きを、持たない、ということを、明確にしておきたいのです。
「伝わる発表」も、人前で行うという事実
「上手いより伝わる発表をすればいい」という助言の中で、しばしば見落とされているのは、「伝わる発表」も、人前で行う、という事実です。本人の発表恐怖の核心は、「上手く話せないこと」だけにあるわけではありません。「人前に立つこと」そのものに、相当の比重があります。本人が、自分の言葉で、相手に必要なことを伝える発表をしようとしても、その発表は、人前で行われます。
人前に立つという行為は、本人の中で、複数の身体の反応を、同時に呼び起こします。視線を向けられること、評価されること、声が震えるかもしれないこと、表情が固くなるかもしれないこと、自分の言葉が記憶に残ってしまうこと。これらは、発表の中身が上手いか、伝わるか、とは無関係に、本人の身体の中で動きます。「伝わればいい」という方針は、これらの身体の反応を、ほとんど解除しません。
本シリーズが、本人の中で軽く整えておきたいのは、こうした認識です。「上手いより伝わる」と本人の中で意識しても、本人の発表恐怖は、半分しか緩みません。残りの半分は、「人前に立つこと」そのものの恐怖です。残りの半分に対しては、別の姿勢が必要になります。その姿勢は、本シリーズの後半で、具体的に扱っていきます。
「伝える」基準の見えにくさ
「伝わる発表」という言葉の、もうひとつの厄介な側面は、「伝わったかどうか」の基準が、本人の中で、見えにくい、ということです。「上手い発表」であれば、まだ、本人の中で、外形的な基準を、想像することができます。声の大きさ、間の取り方、原稿の流暢さ、姿勢、視線の動き、これらの外形は、本人の中で、ある程度具体的に思い描けます。一方、「伝わった」という状態は、相手の中で起きる出来事です。本人の側から、確認することが、困難です。
確認が困難な基準は、本人の中で、不安を生みます。「ちゃんと伝わっただろうか」「自分の意図と、相手の受け取りは、ずれていなかっただろうか」「重要な点が、抜けていなかっただろうか」。こうした不安は、発表の最中にも、発表のあとにも、本人の中で動き続けます。「上手いより伝わる」を目指すと、本人は、見えない基準を、追いかけ続ける形になります。これは、上手さを追いかけるよりも、しばしば消耗の度合いが、大きくなります。
本シリーズが、ここで本人の中で軽く渡しておきたいのは、こうした姿勢です。「伝わったかどうか」を、本人の中で、過度に追跡しないこと。発表の中で、本人が、本人の中で持っていた要点を、本人の言葉で口に出したなら、それで本人の役割は、ある程度終わっています。相手の側の受け取りまでを、本人がコントロールすることは、できません。コントロールできない領域を、本人の中で追跡し続けることは、本人の消耗を、深めるだけです。
「上手くなくていい」は、勝手な慰めになりうる
「上手くなくていい」という言葉を、本人にかける側の、状況を見てみます。この言葉をかける側は、しばしば、本人の発表恐怖を、軽く扱っています。「上手くなくていいんだから、怖がる必要はないでしょう」「肩の力を抜いて、リラックスすればいい」、こうした言葉が、本人の前夜に渡されます。これらの言葉の根底には、「発表は本来怖くないもの」という前提が、横たわっています。
この前提は、本人の中の現実と、合っていないことが、多くあります。本人の中で、発表は、現に怖い。前夜は、現に眠れない。当日は、現に動悸がする。「上手くなくていい」と言われても、これらの身体の反応は、消えない。本人は、こうした現実の中にいます。現実の中の本人に、「怖がる必要はない」という前提の言葉を渡しても、それは、本人の現実の側に、届きません。
「上手くなくていい」という言葉が、本人にとって慰めにならない場合、本人は、こう感じることがあります。「相手は、自分の怖さを、本当には理解していない」「相手は、自分の身体の反応を、軽く見ている」。この感じは、決して、本人のひがみではありません。発表恐怖の身体の反応を、自分で経験したことがない人にとっては、その反応の強さは、想像しにくいものです。SNSの励ましとの距離 でも、慰めの言葉が届かない構造を扱っています。
「伝わる」を本人の側から再定義する
「伝わる発表」という言葉を、本シリーズの中で、本人の側から、ゆるく再定義しておきます。本シリーズが、本人の中で持っておいてほしい「伝わる」の意味は、こうです。「本人の中で、最低限伝えたいと思っていた要点が、本人の口から、本人の言葉で、相手の方向に向かって発せられた状態」。これだけです。相手の中で、その内容が、本人の意図通りに受け取られたかどうかは、含めません。
この再定義は、「伝わったかどうか」の評価軸を、本人の側に取り戻します。本人の側で、「あの要点を、自分は口に出した」「あの数字は、ちゃんと言った」「あの質問への答えは、出した」、こうした事実が、確認できれば、本人にとっての「伝わる発表」は、達成されたことになります。相手の中の出来事は、本人の責任の外側です。
こうした再定義は、本人の中で、発表の評価を、確実な領域に絞ります。確実な領域に絞られた評価は、本人の中で、過度な自己批判を、減らします。発表のあと、本人の中で、「相手は、ちゃんと受け取ってくれただろうか」と、繰り返し問うかわりに、「自分は、要点を口に出した」と、本人の中で短く確認する。この確認は、本シリーズの第10話で詳しく扱う、「終わったあとの自己評価をしない練習」の、土台になります。
「不安」と「下手」を切り離す
第2話で、もうひとつ重要に扱っておきたいのが、「不安であること」と「下手であること」を、本人の中で、切り離す姿勢です。本人の中で、発表の前夜に強い不安が動いている本人は、その不安そのものを、「自分が下手であることの証拠」として、無意識に翻訳しがちです。「これだけ不安なのだから、自分は発表が下手なのだろう」、こうした内側の言葉が動きます。
この翻訳は、しばしば、現実とずれます。発表の場の中で、外形的にきれいに発表している本人が、内側では強い不安を抱えていることは、頻繁にあります。逆に、内側であまり不安を感じていない本人が、外形的にぎこちない発表をしていることも、あります。不安の強さと、発表の出来は、本人の中で連動しているわけではありません。
不安と下手を切り離す姿勢は、本人の中で、こう動きます。「自分は、いま、不安が強い。これは、自分が発表に対して、自然に身体で反応している、というだけのことだ。不安の強さと、明日の発表の出来は、別の事柄だ」。この内側の言葉を、本人の中で軽く繰り返すと、不安は消えませんが、不安の中で「自分は下手だ」という二次的な評価が、本人の中で動きにくくなります。休んでも回復しない疲れ でも、感覚と現実を切り離す視点を扱っています。
「相手のため」と思いすぎない
「上手いより伝わる」という助言の中に、隠れている前提として、「発表は相手のためにするもの」という考え方が、あります。本人の中で、この考えが強くなると、本人の責任の範囲は、相手の側にまで、確実に広がっていきます。「相手の時間を、無駄にしてはいけない」「相手にとって、価値ある情報を、確実に届けなければならない」「相手の期待に、応えなければならない」、こうした内側の言葉が、動きます。
相手のための発表、という姿勢そのものは、悪いものではありません。仕事の中での発表の多くは、相手にとって意味のある情報を、相手に渡すために、行われます。ただ、本人の中で、この姿勢が強くなりすぎると、本人の身体の反応は、確実に強くなります。本人の中で、発表が、本人の責任ではなく、相手への奉仕の場として、位置づけられます。奉仕の場で失敗することは、本人の中で、自己評価を強く落とす出来事になります。
本シリーズが、本人の中で軽く渡しておきたいのは、「相手のため」と思いすぎない、という姿勢です。発表は、本人と相手の、共同の場です。本人の側の責任は、要点を口に出すことまで。相手の側の責任は、その要点を、本人の状況に応じて受け取ることまで。両者の責任が、対等に存在することを、本人の中で軽く確認しておくこと。これも、第2話のもうひとつの提案です。
「上手いより伝わる」を本人の中で訳しなおす
本シリーズの第2話の中で、「上手いより伝わる」という言葉を、本人の中で、こう訳しなおしておくことを、提案しておきます。「自分は、明日の発表の中で、自分の中で最低限伝えたい要点だけ、口に出せばいい。それ以外の、上手く話すこと、流暢に話すこと、相手の心を動かすこと、これらは、本人の責任の外側だ」。この訳は、本人の責任の範囲を、明確に限定します。
限定された責任の範囲の中で、本人は、自分の中で、行うべきことを、明確に絞ることができます。要点を、本人の中で、紙に書いておく。当日、その紙を見ながらでも、要点を口に出す。それで、本人の責任は、果たされる。これ以上の領域、つまり、相手の中の反応、相手の評価、相手の理解度、こうした領域は、本人の責任の外側として、本人の中で、いったん切り離します。
責任の範囲を絞る、という姿勢は、本シリーズの全体を貫く、ひとつの基調です。本人の中で、発表という行為に、責任を広げすぎないこと。広げすぎた責任は、本人の中で、前夜の動悸を、確実に強めます。狭く絞った責任は、本人の身体の反応を、わずかに緩めます。「上手いより伝わる」という言葉を、本人の中で、責任を絞る方向に訳しなおすこと。これが、第2話の中での、もっとも具体的な提案です。
第2話のまとめ
第2話を、ゆるく束ねます。「上手いより伝わる」という言葉は、本人を楽にする方向の言葉に見えますが、本人の発表恐怖の核心には、しばしば届きません。理由は、本人の発表恐怖の半分が「人前に立つこと」そのものに由来していること、「伝わったかどうか」の基準が見えにくいこと、「上手くなくていい」が本人の現実に届かない慰めになりうること、です。
本シリーズが、本人の中で渡しておきたい姿勢は、「伝わる」を本人の側で再定義し、本人の責任の範囲を絞ること、不安と下手を切り離すこと、です。本人の中で、明日の発表の責任を、「要点を口に出す」という最小単位まで絞っておく。絞られた責任の範囲の中で、本人は、相手の反応や、相手の評価を、本人の責任の外側として、扱う。この姿勢は、本シリーズの第10話まで、繰り返し戻ってくる、基調になります。
第3話では、「発表恐怖は能力ではない」という主題を、もう一歩深く扱います。発表の恐怖を、本人の能力評価から切り離す視点を、第3話で本人の中に渡します。第3話は、無料パートの最終回です。第3話を読み終えたあと、本人の中で、有料パートに進むか、無料部分を繰り返し読むか、本人のペースで選んでください。
今回のまとめ
- 「上手いより伝わる」は、本人を楽にすると同時に、別の方向で追い込むことがある
- 「伝わる発表」も人前で行う以上、人前そのものの恐怖は別途残る
- 「伝わったかどうか」の基準は見えにくく、追跡が消耗を呼ぶ
- 「上手くなくていい」は、本人の現実に届かない慰めになりうる
- 「伝わる」を「要点を口に出した状態」に、本人の側で再定義する
- 不安の強さと、発表の出来は、本人の中で連動していない
- 本人の責任を「要点を口に出す」まで絞り、相手の反応は責任外として扱う