朝のスマホと夜のスマホは、違う行為である
朝、通勤電車の中でスマートフォンを開く。ニュースをチェックし、メールを確認し、天気を見る。──これは情報収集であり、多くの場合、計画的な行為です。しかし夜、布団に入ってから開くスマートフォンは、まったく性質が違う。目的がない。何を見たいかも決まっていない。ただ画面をスクロールし続けて、気がつけば深夜1時、2時。──この「夜のスマホ」は、なぜ日中のように止められないのか。
「意志が弱いから夜に負ける」──第2回で検証したこの説明は、ほとんど何も説明していません。問題は、なぜ夜に限って自己制御が効かなくなるのか、というメカニズムです。結論を先に言えば、夜のスマホ依存には少なくとも三つの科学的メカニズムが重なっています。自己制御の日内変動、動機づけシフトの蓄積、そしてリベンジ夜ふかし(revenge bedtime procrastination)です。
自己制御の「潮の満ち引き」──概日リズムと前頭前皮質
人間の身体機能のほとんどは、24時間周期の概日リズム(circadian rhythm)に支配されています。体温、血圧、ホルモン分泌──そして自己制御に関わる認知機能も例外ではありません。
自己制御の中心を担うのは、脳の前頭前皮質(prefrontal cortex)です。計画、判断、衝動の抑制──いわゆる実行機能(executive function)はここで処理されます。この前頭前皮質の機能は一日のなかで一定ではなく、朝から午前中にかけてもっとも高く、夕方から夜にかけて低下することが複数の研究で示されています。
この日内変動を支えるメカニズムの一つが、コルチゾールの分泌パターンです。コルチゾールは一般に「ストレスホルモン」として知られていますが、日常的には覚醒と注意の調節を担うホルモンでもあります。コルチゾールの血中濃度は目覚めた直後に急上昇し(コルチゾール覚醒反応:cortisol awakening response)、その後ゆるやかに低下して、就寝前にもっとも低くなる。この低下に伴い、前頭前皮質による抑制機能も低下する。
つまり、一日の終わりの夜は、生物学的に「衝動を抑えにくい時間帯」なのです。第2回で見た動機づけシフトモデルを思い出してください。インツリヒトとシュマイケルの主張は、自己制御の低下はリソースの「枯渇」ではなく、脳の「配分変更」だというものでした。──ここに概日リズムの視点を加えると、さらに立体的に見えてきます。夜の自己制御の低下は、一日の動機づけシフトの蓄積と、前頭前皮質の生物学的な機能低下が重なった結果です。タンクが空になったのではない。しかし、潮が引く時間帯に堤防が低くなり、波が越えやすくなっている──そういうイメージです。
一日の我慢が夜に「請求書」を送る
概日リズムは生物学的な「潮の引き」ですが、その上にもう一つ、一日を通じた心理的な蓄積が乗ります。
朝、出かける前に子どもに声を荒げそうになるのを我慢する。通勤中、満員電車で押されても感情を押さえる。職場で不機嫌な上司に丁寧に対応する。会議で言いたいことを飲み込む。昼食に食べたいものを我慢してサラダを選ぶ。午後、退屈な資料を読み続ける。──一日を通じて、私たちは無数の小さな自己制御を積み重ねています。
第2回の動機づけシフトモデルによれば、これら一つひとつの自己制御行為のあと、脳は「もう少し自由にしてもいいのでは」という方向にリソースの配分先を微調整し続けます。この微調整は朝から晩にかけて累積する。コルチゾールの低下と前頭前皮質の機能低下が同時に進行し、そこにこの蓄積が重なる。