「昔も同じだった」は半分だけ正しい
ここまでの回で、私たちはいくつもの似た不安を見てきました。
書くことは記憶を弱くすると恐れられた。電卓は考える力を奪うと言われた。検索は知識を浅くするのではと心配された。ワープロは文章力を壊すと見られた。スマホは集中力を削ると言われた。新しいメディアは人を堕落させると繰り返し語られた。全面禁止はたいてい失敗した。便利さはときに依存へ近づいた。
こうして見ると、AIについても「また同じ話だ」と言いたくなります。
実際、その見方にはかなり助けになる部分があります。AI不安のすべてを特別視すると、必要以上に怖くなりやすいからです。歴史の類比は、過剰な騒ぎから少し距離を取らせてくれます。
ただし、ここで止まると雑になります。
AIは過去の道具とかなり似ていますが、まったく同じではありません。「昔も同じだった」で安心しすぎると、AI特有の危うさを見落とします。逆に、「今回は完全に別物だ」と構えすぎると、歴史から学べるはずの距離感まで失います。
この回の目的は、まさにその間を取ることです。何が同じで、何が違うのかを、生活者の感覚で整理します。
この回で扱うこと
- - AIが過去の道具と似ている点
- - 類比だけでは足りない点
- - AI特有の新しさはどこにあるのか
- - 「ただの道具」と言い切る時の見落とし

同じところ1. 人は外に出せる仕事を外に出してきた
まず共通点から見ましょう。